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芸術家として活躍する元首相 細川護熙さん(84)

ほっとインタビュー2022年7月27日 08時49分
芸術家として活躍する元首相 細川護熙さん ほそかわ・もりひろさん=旧熊本藩主細川家第18代当主。1938年、東京都生まれ。朝日新聞記者を経て、参議院議員、熊本県知事、日本新党代表、衆議院議員、第79代内閣総理大臣を歴任。公益財団法人永青文庫、鎮守の森のプロジェクト理事長。

60歳で政界を引退後、神奈川県湯河原町に「不東庵」を構え、作陶や書画などの芸術活動に勤しむ。現在、最も力を注いでいるのが障壁画で、2012年から、細川家ゆかりの京都の禅寺4カ寺や奈良・薬師寺に襖絵を奉納している。禅との出会いや芸術活動にかける思いを聞いた。

河合清治

陶芸など芸術活動は政治家の時からですか。

細川 実は政界にいる時は芸術には縁遠く、60歳で政界を引退し、湯河原に移ってからです。祖母が大切にしていた庭の桜守をしながら晴耕雨読の生活をするつもりでしたが、1カ月もしないうちに白洲次郎、正子夫妻の娘婿の牧山圭男さんの個展に誘われたのをきっかけに陶芸に興味を持ちました。

凝り性の私は、何事もやると決めれば中途半端ではなく、かなり徹底してやるもんですから、陶芸教室で学ぶとかではなく、自分の感性に合う焼き物を作っている作家に師事しようと考え、本で、目に留まったのが奈良の辻村史朗さんでした。

ワイルドな日本を代表する陶芸家ですよね。

細川 弟子にしてほしいなどとはとても言い出せない感じだったので、「作品を見せてほしい」と電話をかけ、1週間後に訪問してそのまま居座り、押し掛け弟子として1年半お世話になりました。私は勝手に「野生の王国」って呼んでましたけど、山奥の随分乱雑な工房で、毎朝6時すぎから日が暮れるまで泥だらけになって、ひたすらろくろを回すことになりました。

私は師匠から2㍍ほど離れて少しくたびれたろくろを使わせてもらっていましたが、何も教えてはくれません。時折、私の方を見ると「あかん、ほかせ。そんなもん作っても仕方ない」と言うばかりで、何か質問すると「しつこいおっさんやな、あほなおっさんやな」と。彼は私より10歳ほど年下ですが、権威とかそんなものは鼻くそほどにも思っていない。多分ほかの陶芸家なら、下手なものを作っても「よくできていますね」とお上手を言われて上達しなかったと思います。

陶芸から書画に至るきっかけは。

細川 熊本県知事の時代にも様々な揮毫を依頼されるため、少しだけ書を習ったことはありますが、陶芸をやっていると箱書きもあるし、頼まれて進呈する機会も増え、自然に筆を持つ機会が多くなりました。

どんな言葉を。

細川 やはり禅語が多いですね。祖父の細川護立(16代当主、1883~1970)は白隠、仙厓らの書や禅画を多く集めていました。私は祖父のもとで暮らし…

つづきは2022年7月13日号をご覧ください

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