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第16回「涙骨賞」を募集 中外日報宗教文化講座

茶髪の生徒ら共感 ヒロシマ語った原さん

2019年6月21日 13時04分

広島に原爆が投下された1945(昭和20)年8月6日、県立広島工業学校(現県立広島工業高)1年生の原広司さんは、広島湾内・江田島の親戚宅で、対岸に盛り上がるきのこ雲を見た。

広島市内の中等学校1年生の多くは、軍の命令で中心部の家屋取り壊し作業に動員されていて命を奪われたが、広島工業の生徒の半数は前日の作業に従事したため、6日は代休だった。翌日の便船で広島に戻った原さんは、同期生の半数の悲惨な最期を知った。「死に後れた」後ろめたさを感じたことだろう。

被爆から約10年経過した頃「被爆教師の会」が全国の教師仲間に「修学旅行は広島へ」と提唱、児童や生徒への平和学習を呼び掛けたこともあり、広島を訪れる旅行団体から「被爆体験を聞きたい」との要望が出るようになった。国鉄(現JR西日本)広島工場に勤務していた原さんは、有志約15人と共に「ヒロシマを語る会」を立ち上げた。組織的な証言活動の始まりだった。

83(昭和58)年秋、大阪・A高校の生徒が修学旅行で広島を訪れた。A高校は当時“荒れた”学校として有名だった。街頭で他校の生徒とトラブルを起こさぬよう、郊外の旅館に宿泊した。

証言を頼まれた原さんたちが宿舎に行くと、茶髪やマニキュアの生徒たちが寝そべっていた。だが「語る会」の人々が話を始めると次々に身を起こした。最後には正座して、涙を流しながら真剣に聞き入った。

なぜ態度が変わったのか。原爆の残酷さ、その中から立ち上がった広島市民の努力、平和の大切さに共感したからだ。だがそれよりも原さんたちが、生徒と同じ目線から、一人の人間として語り掛ける姿勢に感銘を受けたのだ。安芸門徒の「御同朋御同行」を迎える心が伝えられた。

「大阪では、ダメ高校の落ちこぼれ生徒という視線で見られてきた我々を、広島の人々は平和を求める仲間として対応してくれた」ことの喜びからだった。

付き添いの教師が「生徒が失礼な行動をしませんでしたか」と尋ねた時、原さんは答えた。「みんないい生徒じゃないですか。学校が荒れるのは、先生方に問題があるのではありませんか」と。

「令和」時代の始まりを待たず87歳で死去した原さん。退職後は平和公園から眺める原爆ドームを描き続けた。その数、三千余点。水彩絵の具はあの日、被爆者が身を浸した元安川の水で溶いた。原さんは、13歳だった同期生と「倶会一処」の生涯を生き抜いた。

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