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コロナの神義論 ウイルスと共存する英知

2020年6月5日 14時04分

緊急事態宣言がようやく解除された。状況が少しずつ落ち着く中、各宗教ではそれぞれの教えから、新型コロナ禍の意味について考え始めている。なぜ今の時期、突然この疫災が出現したのか。なぜ世界中でこれだけの無辜の人々が犠牲になったのか。神仏の思いは一体どこにあるのだろうか。地震や台風などが発生して多数の犠牲者が出た時、必ずその宗教的な意味付けを考えようとする動きが現れる。それは一種の神義論の問い掛けでもある。

いかなる災害も神仏の罰ではない。また個々の人間が悪いのではない。責めがあるのは人類全体がこれまで取ってきた生活様式にある。物欲中心の生き方が過度の自然開発やグローバル化を進め、地球環境を破壊した結果、このような強毒ウイルスの出現に至った。この疫災は、人類に対し慎みある生き方を促そうとする、神仏からの警告である。これが、どの宗教でも想定される神義論の決着点ではないだろうか。

しかし、この思想はさらに深められるように思う。その理由は、我々にとってこれからも新型コロナウイルスとの共存が求められることから来る。このウイルスの存在を前提とした生き方を、人類がいや応なく受け入れざるを得ない時代に入っているのだ。

生物学的に見れば、人類の歴史は様々なウイルスとの共存の歴史でもあった。それは逆に見れば、ウイルスの側も自らが生き残るため、人類と折り合いをつけて共存してきたことを意味する。

今日、我々が新しい生活様式を採用すべきように、新型コロナウイルスもまた、従来の生存戦略を変更しなければならない。強毒型になって宿主の命を奪えば、人間から隔離戦略を取られて、ほかに感染を広めるというわけにはいかないだろう。それならば、毒性を弱めて、細々とでも人類と共存していくしかない。そう考えてみれば、ウイルスに心や魂があるという見方をしても、決して突拍子もないことではないと思われる。もちろん、これは科学の言語ではなく、どこまでも一つの象徴的な理解の仕方である。

実は日本人は古来、そのような考え方をしてきた。天変地異や伝染病をもたらすのは疫病神、あるいは荒魂の所業であり、それは畏怖の対象であった。疫病神には敬して遠ざけることで穏やかに通り過ぎてもらう。荒魂であればこれを鎮めて祀り上げることで和魂へと変わってもらう。意外とこのような発想こそ、ウイルスと共存する英知を現代人に教えてくれると思われる。

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