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中外日報宗教文化講座2021
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人間の尊厳と宗教 いのちの本源的な領域

2020年10月16日 09時53分

エッセンシャルワーク(本質的な仕事)という表現が、コロナ禍の中で注目されるようになった。緊急事態が起こり、社会や経済の動きが止まっても、止められないのが生活である。エッセンシャルワークとは、そうした生活維持に欠かせない仕事全般を指す。医療や介護・保育、流通や小売・販売、役所の窓口業務、またごみの収集、バスや電車の運転などもこれに入る。いずれも我々の暮らしを下支えしてくれる縁の下の力持ち的仕事ばかりである。

これと対照的なのがブルシット・ジョブである。スラングなので日本語でも「クソどうでもいい仕事」と訳される。デヴィッド・グレーバーの同題の著作で有名になった言葉だ。こちらは実質的な価値がなく、本人もそれを自覚していながら、いかにも重要だと取り繕われているような職務全般を指す。特定の業種がブルシット・ジョブということではなく、無用な現場管理や無駄な書類作成など、どんな仕事にもどうでもいい部分があって、それが肥大化していることが問題なのである。

一方、世の中に必要とされているのに給与が低いなど、割に合わない仕事のことをシット・ジョブ(きつい仕事)と呼ぶ。介護職員や保育士の仕事などがそれに当てはまり“やりがい搾取”ともいわれている。

さて、文化や芸術は今回のコロナ禍で不要不急なものとして、すっかり後回しにされた感がある。かつて、フランスの哲学者サルトルは「文学は飢えた子供を前にして何ができるか」という問いを投げ掛けた。文学作品は肉体的飢餓を満たすものではない。しかし、それは我々にとって本源的な精神的飢餓を十分満たしてくれるものである。文化や芸術は、生活や生存からすれば一見余剰に見えるが、しかし人間が人間らしく生きていくためのエレメンタリー、つまり本源的な存在である。

宗教者は神仏に仕え、衆生を救済に導くのが仕事である。この仕事は、人間らしい生活にとってエレメンタリーな仕事であると言ってよい。神仏に祈ることそれ自体は我々の物質的生活とは直接関係ないかもしれない。しかし、人間が人間らしい高貴さを保つためには、神仏という超越的存在との関わりこそエレメンタリーなものである。

宗教もまた文化や芸術と同様、世俗の価値観で役に立つとか役に立たないとかいう次元で測ることができない。これらはエッセンシャル(本質的)な仕事ではないかもしれないが、エレメンタリー(本源的)な仕事なのである。

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