PR
購読試読
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
墨跡つき仏像カレンダー2021
PR
墨跡つき仏像カレンダー2021

対話の前提 キリスト教的伝統との差異

2020年11月27日 11時02分

前世紀中頃に国際的規模で始まった「仏教とキリスト教の対話」は日本でも続いているが、基本的な点で相互理解にはまだ不十分なところがある。

その一つに「キリスト教は共同体だが仏教は個人的である」という違いがある。むろんキリスト教にも神秘主義のように個人性の強い部分があり、仏教にも日蓮宗のように社会性の強い宗派があるから、この違いは程度の差にすぎないが、比較の問題としてはやはり違いがある。これに対し仏教にもサンガがあるとよく指摘されるが、ここでいう違いとはそういうことではない。

そもそもキリスト教の母体であるユダヤ教の聖典旧約聖書によれば、ユダヤ人の先祖ヘブル人はエジプトで奴隷状態にあった。神の委託を受けたモーセに率いられてエジプトから脱出し(前13世紀とされる)、パレスチナに建国するのだが、その前にシナイ半島で神と契約を結ぶ。それは、神ヤハウェは民イスラエルの神となり、民イスラエルは神ヤハウェの民となるという関係の合意であり、この契約に基づいて民は神から与えられた、いわゆるモーセの十戒を守る義務を負うことになる。

ユダヤ教は、契約と律法に基づく「神の民」形成に神のはたらきを見たわけである。この「歴史」はキリスト教にも受け継がれる。キリスト教はイエス・キリストの仲介によって神と新しい契約が結ばれ、新しい神の民(教会)が成立したと説く。キリスト教は新しい「神の民」の形成という「歴史上の出来事」に神のはたらきを見たわけだ。キリスト教が共同体的だというのはそのような意味である。

ところで、マルクス主義はよくキリスト教的終末論の世俗化だといわれる。つまり内容はまるで違うけれども、ユダヤ教-キリスト教は本来、マルクス主義のように共同体的・歴史的なのである(実はマルクスがこの点でユダヤ教-キリスト教的なのだが)。キリスト教も近代以来、個人主義化しているが、本来は上記の意味で共同体的・歴史的であり、それはキリスト教神学の古典であるアウグスチヌスの『神の国』に見られる通りである。神学は神の民の歴史に即して構成されるわけだ。

仏教とのこうした差異は優劣の問題ではなく個性の違いだが、例えば社会は契約に基づいて成り立つというような、キリスト教的西欧に強く見られる共同体的・歴史的思考は、インド、中国、日本の伝統には希薄で、前者はなかなか馴染み難く、誤解も生むようである。

阪神淡路27回忌 未来に語り継ぐ課題1月22日

1995年1月17日の阪神・淡路大震災から26年がたった。仏教では二十七回忌に当たる節目だが、今年はコロナ禍の下、特別の年回忌になった。 時の経過とともに記憶は自然と薄れ…

宗教縁の時代 キーワードはソロ社会1月20日

コロナ禍の中、よく言われるのが社会的距離という言葉である。しかし、その内容からすれば、物理的距離と呼んだ方がより正確な表現だ。人間が社会的存在である以上、個人と社会とは切…

見える構造的課題 社会参画型仏教の現況から1月15日

日本におけるエンゲイジドブッディズムの現況とその課題を論議するオンラインシンポジウムが先般行われた。仏教者による社会参画の多くの具体例から、日本社会で仏教の底力が求められ…

PR
檜皮葺きの作業風景。文化財建造物の寺社での修理が技術継承に貢献する

伝統技術継承に課題 ユネスコ登録の「建築工匠の技」

ニュース1月22日

ハラスメントで懲戒免職も 妙心寺派、防止規約協議

ニュース1月22日
御衣と共に御影堂へ還列する布施大阿(中央)

後七日御修法が結願 布施大阿、真言宗長者へ

ニュース1月21日
顔認証付き検温器「QHT」 PR
お知らせ
このエントリーをはてなブックマークに追加