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聖徳太子御聖諱 国際化時代の和を訴える

2021年4月9日 11時05分

今年は聖徳太子1400年遠忌に当たり、各地の寺院では様々な行事が行われている。中でも法隆寺では、「聖徳太子1400年御聖諱法要」が執り行われた。聖徳太子は622(推古30)年に薨去したが、生前は厩戸皇子と呼ばれた。仏教を重んじた皇子は『三経義疏』を著し、十七条憲法の制定や遣隋使派遣を進めた。卓越した仏教政治家であるが、聖徳太子として敬仰されるのは薨去後のことである。

平安時代には、太子は救世観音の生まれ変わりという見方も現れた。親鸞にあっては、観音菩薩が太子の姿で枕元に現れ、浄土の教えに導かれるきっかけとなった。有名な六角堂での夢告の伝説だ。このように宗派を超えて崇敬され、信仰の対象にもなっていったのが聖徳太子である。

仏教が普遍宗教でありながら、日本的特質を持つものとして、日本仏教の道を切り拓いた聖徳太子はそれ故、日本の教主とも称される。その日本的特質とは、十七条憲法にある「和を以て貴しと為す」という文言に端的に表される。「和」とは意見の相違を超えて協力、協調することであり、単なる付和雷同とは全く異なるものである。

聖徳太子の生きた飛鳥時代は中国や朝鮮半島とも往来が活発で、これらの国から帰化した人々も多く、極めて国際的な時代であった。国際的であるだけに人々の価値観も様々で、一国の政治を行うにも、臣下のそれぞれ異なる意見に丁寧に耳を傾けなければならない。おそらく、そうした姿勢で臨んだところから、太子は豊聡耳の皇子と呼ばれるようになったのであろう。そして、対話と協調を大切にし、党派の争いを起こさせないよう努めた。

その際、人々が承服すべき価値基準として置いたのが、仏教の教えであった。つまり、仏教の教えを基準に、互いに異なる人々が協力し合うことをもって、これを尊しとしたのである。

聖徳太子のこの姿勢は、まさに21世紀のグローバル化の時代にそのまま当てはまるものではないだろうか。

互いに異なる意見をまとめていくためには、誰もが納得し敬服できる普遍的価値観が必要だ。多様な意見を尊重しながら集約していくところに、真のイノベーションも可能になってくる。仏教とはそうしたイノベーションを可能にしてくれる教えなのだ。国際化時代の「和」のためにも、1400年前にこの道を開拓した聖徳太子に新たな光が当てられるべきではないだろうか。

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