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薄れる戦前への反省 「国体」を躊躇なく語る時代

2021年4月28日 15時59分

日本が太平洋戦争に突入したのは1941年12月、今から80年前である。その少し前の37年3月に文部省によって『国体の本義』が発行された。緒言には「肇国の由来を詳らかにし、国体が国史のなかに顕現した姿を明示し、国民の自覚と努力を促す」とある。

同年7月には日本文化協会から『日本文化』が創刊された。同協会は日本文化の称揚を一つの目的とし、戦時色が強まるとともに、国体思想を国民に広めることに重要な役割を果たした。いわゆる「赤化教員」の「思想善導」を行った。国体思想を広めつつ、その脅威になる社会主義的思想などを排していこうとした。

敗戦でこうした流れは一掃されたかに見える。戦争は絶対避けたいという思いを多くの人が抱いた時期がある。去る4月4日に亡くなった橋田壽賀子氏が、軍国少女として青春を捧げた自身の体験を踏まえ「戦争がもたらすのは悲しみだけ。人は人を殺してはいけない」という信念を抱いていたのはよく知られている。だが、そうした記憶を持つ人は少なくなった。一時期は社会的に忌避感の強かった「国体」という言葉が、あまり抵抗なく用いられるようになったのは、それを反映している。

2000年5月に、当時の森喜朗首相が神道政治連盟国会議員懇談会の結成30周年祝賀会で「神の国」発言をし、国会で問題にされた。にもかかわらず翌6月には奈良市で行われた自民党奈良県連・緊急総会での挨拶で、共産党が政権入りした場合について「日本の国体をどう守るのか」と発言した。世紀の変わり目にこのような首相発言があったのは、戦前に対する反省がかなり薄れてきたためでは、と感じさせる。

2010年代に日本会議という組織の政治への影響がにわかに注目された。日本会議の主張には戦前を美化するような傾向も垣間見られる。一部の宗教関係者もメンバーに名を連ねている。宗教者が保守政治を支えるという構図は、戦前の状況を連想させる。最近では組織幹部に対する内部批判に対し、「日本の国体崩壊」という表現を持ち出す例があった。唐突にも思われるが、「国体」がためらいなく使われる時代になったのを、軽く見ていいとは思えない。

グローバル化への反動もあって、自国第一主義と排外主義が世界各地に広がっている。日本では世界平和を理念とし、平和運動を推進している宗教団体が数多くある。多くは戦前の反省の上に立っている。平和運動を広げるには、日本社会で生じている危うい兆候に対しても注意が必要である。

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