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道心堅固の教え 現代の修行の亀鑑

2021年7月14日 11時49分

臨済宗の専門道場で大接心が始まるに当たって、師家が「亀鑑」を読み上げ、修行の心構えを説く。各道場の亀鑑を比較研究したという話はあまり聞かないが、同じ禅の修行である以上、諭し示される内容・方向が大きく異なることはないだろう。ただし、それぞれの道場の「家風」を反映するところもあるのではないか、と想像はできる。

「道心堅固にして、おのおのかけがえのない使命に従って、個人と社会の悩みに心をいたし、そのみなもとを探り、朗活にして上求菩提下化衆生の本懐をとげんとするものなり」

これは、全日本仏教会会長も務めた河野太通・元臨済宗妙心寺派管長が、網干龍門寺(兵庫県姫路市)に大衆禅道場を開いた時に定めた亀鑑の一節である。2006年にまとめられたこの亀鑑は、社会の変化も踏まえた現代の修行の指針として、新鮮な響きを感じさせる。

一箇半箇の大事了畢の後継者と同時に寺院の担い手を育てる専門道場と、龍門寺のような大衆禅道場は宗門の中での位置付けが異なるが、この亀鑑に説かれる「個人と社会の悩みに心をいたし」は、現代の僧侶一般に向けて力説されたものと理解できる。今の時代の問題意識をよく映し出した訓示といえるのではないか。

「道心」に関して言えば、寺を継ぐ者の養成を第一の目的とはしない大衆禅道場への入門は、まずそれが大前提となる。しかし、宗門の住職資格にも関わる専門道場では、事情はやや異なる。入門前の雛僧教育システムが弱体化し、全ての者が堅固な道心があって僧堂に掛搭するわけではない。

道心が乏しいまま道場に入門されると指導者は困るだろうが、道場での修行を通じて道心を固めてゆく者は多いはずだ。一方で、道心が備わらないまま道場を去る者も中にはいるかもしれない。自坊に戻って檀信徒の教化に関わるうちに僧侶としての自覚を一層強くする者も当然いる。宗門の道場を出た後に初めて本来の意味で「発心」し、修行経験が結実しても不思議ではない。

以上は、臨済禅について述べたが、道心・菩提心はこの時代、広い範囲でもっと強調されていい。例えば、いくら立派な伽藍があり、多くの人々が拝観に訪れ、また事業者との連携が成功し、寺としての収益事業などが成功していても、そこに道心が欠けていれば、どのような意味があるのだろうか。「道心堅固にして」は僧侶である限り、自らの位置を顧みる時に忘れてはならない教えだろう。

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