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翠雲堂

自利利他の精神 近代日本と論語と算盤

2021年9月1日 10時33分

「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一は、我が国が四面を囲う鎖国の塀を取り払って万国の風に吹きさらされた時、ちょんまげを切り落とし、新時代の国づくりを描いて歴史を切り拓いた。近代日本の基礎作りに奔走したその生涯から学べること、見えてくるものがある。

幕末から昭和の初めまで生きた渋沢が設立に関わった事業は公共団体や学校、企業など極めて幅広く、現在、186の企業・団体が存続しているという。道徳と経済の合一を説いた代表作『論語と算盤』のタイトルが示すように、渋沢は事業家である前に一人の人間として経済を考え、国家や社会の在り方を構想した。

実業の根源は「正しい道理」でなければならず、「論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが緊要の務め」とする信条に、京セラ創業者の稲盛和夫氏ら多くの経済人が影響を受け、その思想を受け継いでいる。

基本にあるのは「自利利他」の精神だ。渋沢は「私利は公益である」とし、「公益となりえるほどの私利でなければ、真の私利とは言えない」と利他と一体的に自(私)利を捉えている。

国家国民に対しても自己中心的な振る舞いを戒めた。「ある時勢の変動に乗じて生じた一時的な利益も、これを正しく用いれば、すべてが国家の富となる」、また「およそ発展途上国を相手にする貿易は、自分たちが利益を得るとともに、相手の国の資源を開発し、進歩できるよう誘導することが肝心である」と論じている。

あるいは「たとえ自らに利益があるからといって、他国の困難を喜ぶようなことは人道に反するものである。その利益は決して長続きするものではない」といった発言には、自国中心的な自尊の響きはなく、世界に通用するユニバーサルな理想主義がうかがえる。

生き馬の目を抜くと言われる実業界で大成した人物が、常に理想的な大道を歩んだかどうかを検証したわけではないが、渋沢の人生が一個人の成功物語を残して終わるものでなかったことは確かだろう。たとえ山中に一人で暮らしていても、この世の食料を食べている間は他人の共同生活にも影響を及ぼしているのだから、生まれてから死ぬまで社会の一員としての責任がある、とまで言っている。

「正しい道理の富でなければ永続できない」という「富」を「政治」や「文化」「スポーツ」に置き換えてもいい。そのまま現代に通用する箴言となる。まさに羅針盤を持って生きた者は後世の鑑である。

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