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情報化社会の混迷 宗教的な光に照らされた生

2021年10月27日 12時35分

現代は情報の時代である。現代人は情報に基づいて考え情報に基づいて行動する。しかしその程度が深まるだけ、「生」の出番がなくなる。思考と行動に参与するのは自我であって生ではない。その程度だけ生きている実感が乏しくなり、何とも知れない空虚感が忍び込む。

これは古代から知られていた。旧約聖書もアダムとエバの話がその一例である。彼らは神が食べることを禁じた知識の木の実を食べ、いのちの木が茂る楽園から追放された。通常これは彼らが禁令を犯した罰だと解されているが、事柄上は彼らが善悪を知る知識を手に入れた点にある。言葉を語る自我が成立した結果は、生を見失うことであった。この洞察は新約聖書で明らかに語られる。

ユダヤ教では神に与えられ文字で書かれた律法を守ることが中心となり、律法は人格的生の表現であることが忘却された。それに対してパウロは「文字は殺し、霊は生かす」という。霊とは人格を生かす超越のはたらきである。この洞察は仏教にもある。禅の「不立文字 直指人心 見性成仏」はそれを示す。

西欧哲学の伝統では思考が中心だが、ルソーの「自然に帰れ」やニーチェの「生は理性より深い」という言葉が示す生の自覚は、文学・演劇・絵画・音楽など芸術領域で明白である。一方、軍事と政治と経済が支配する領域では、正確な情報が求められ、情報が私たちの生活でも中心を占めるようになった。この傾向は世界の欧米化とともに一般化してゆく。

生の自覚は一般に、成果と成功を目指す努力と情熱に現れる。一歩退いた分野では生の自覚的表現を求める芸術的創作がある。しかし、この生は自我の自意識によってエゴイズムにも変貌するものだ。自己保存本能は自己中心性に、種族保存本能は愛欲に、闘争本能は征服と勝利への情熱にエネルギーを補給しているように見える。この生は敢えて言えば暗い情熱だ。

実は人間的生には共生への願いがあり、その自覚は「光」である。宗教的生は光と結び付いている。無量寿仏は無碍光仏であり、キリスト教でもキリストは永遠の生命であり光である。道元が語る「ほとけのいのち」は悟りに照らされたいのちだろう。

現代が最も必要とするものはこうした「光」に照らされた生である。しかし現代は、ひょっとすると宗教すら、人間は他に優越する勝利をもたらす情報によって生きると信じてしまったように見える。

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