正教会の分裂 ウクライナ危機の背後で
全世界に約2億6千万人の信徒がいる正教会は日本では信者数9千人弱(『宗教年鑑令和3年版』)とマイノリティーで、一般にはニコライ大主教やニコライ堂など教会建築が知られる程度だろう。
米のピュー・リサーチセンターによると、2017年時点で世界の正教徒の4割がロシアに住み、ウクライナやエチオピアにも各々3500万人程度の信徒がいる。旧ソ連圏のロシアとウクライナを合わせると過半数を占める。
その両国がいま戦争の危機にある。ロシアはウクライナ国境の軍を増強し、関係諸国の戦争回避の外交努力の中、緊張は依然続く。外務省はウクライナを最高レベルの危険度4に指定し、邦人に国外退避を呼び掛けている。
両国の関係については歴史を遡って考える必要があるが、ここでは論じる余裕はない。しかし、14年のロシアのクリミア併合後、宗教上の重要な出来事が起きていることに触れておきたい。
それまで日本正教会と同様にロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教徒の多数派の独立が18年末、コンスタンチノープル総主教の下で認められたことだ。同総主教は対等な9人の総主教中の首位者だが、モスクワ総主教庁はこれに反発し、断交を宣言したと伝えられる。一方、当時のウクライナ大統領は「悪に対する善の勝利」と歓迎した(ナショナルジオグラフィック日本版サイト)。政治・軍事的緊張とともに宗教上の軋轢があるようだが、教義ではなく国家の力を背景にした教会間の力関係の問題である。
米国務省の『宗教の自由報告書21年版』はロシアの総人口約1億4千万人中、63%がロシア正教徒としている。この教会帰属率はソ連崩壊後、弾圧から保護に転じた政策の転換が反映している。ただし、ピュー・リサーチセンターの調べ(16年)によると、宗教が「非常に重要」と答えたロシア人はわずか15%、ウクライナ人は20%で、宗教活動参加率もこれに準じて低い。積極的な信仰の確認というより、「国民であること」の自己認識の意味合いが強い、との見方がある(ナショナルジオグラフィック同上)。
2年前、モスクワ郊外にロシア軍の主聖堂が建てられた。これは愛国心の象徴だが、信仰活動の空洞化が変わっていないならば、信仰復興の表れと見間違えない方がいい。宗教利用が宗教復興のように見えるのはよくある。他山の石として学びたい。核保有国が仕掛ける戦争は人類絶滅にもつながりかねない。平和への貢献という宗教の役割が問われる。