見えない農薬汚染 原因は人間だという現実
食の安全安心を犠牲にした安値競争は食品汚染、食肉偽装の頻発を招き、最近では産地偽装が問題になっている。行き過ぎた商業主義の一言で片付けられないのは、食が生産者から消費者に届くまでに加工・流通・販売とつながった複雑な仕組みがあるからだが、それだけではない。消費者の側から考えるべきこともあるはずだ。
山村で自然循環型の自給自足農業を営む中島正翁は、30年近く前に執筆した『都市を滅ぼせ』で、農薬化学肥料を多量投与する汚染農業は5%に満たない農業人口が95%の都市人口を養うための帰結だとし、農産物汚染は消費者が甘んじて受けるべき代償であり、「不耕貪食」の果てに都市は自滅すると断じている。
農業に必要な殺虫剤として広く使用されているネオニコチノイド系の農薬が自然の生態系に与える影響の深さを考えてみたい。これが動物性プランクトンやワカサギ、ウナギの減少の原因になっている可能性が高いという。
この農薬はタバコに含まれるニコチンに似た成分=ネオニコチノイドをベースとする殺虫剤で、自然環境と人間生活の調和を目指し市民活動を支援する一般社団法人アクト・ビヨンド・トラストは「環境への影響だけでなく、神経発達障害との関連など人への影響も明らかになりつつある」として規制緩和の動きに警告している。
水溶性が高く、毒性が長期間土壌や水分に残りやすいため、植物の根などから作物の組織の隅々まで浸透する。これが殺虫剤の散布回数を減らせるメリットと考えられ、これまでの有機リン系殺虫剤に比べてヒトや他の生物への安全性は高いとされることから殺虫剤の主流として世界に普及した。
ところが花粉や蜜、樹液等にも殺虫成分が行き渡るため、ミツバチなど害虫以外の昆虫にも作用し、河川や湖沼等の生態系に汚染を広げるなど影響を与える可能性が指摘されている。ミツバチの大量死・大量失踪や水田でアキアカネ(赤トンボ)のふ化が激減したこととの関連も報告されている。
農薬の問題が深刻なのは、人間が新たな環境汚染の原因をつくりつつあるのに、それが見えにくいという現実にある。一方で、農薬汚染の不安を安心に変えるため日々努力している生産者が増えているのは喜ばしいことだが、消費者にできるのは、自分の意思で食べ物を選ぶことや地道な啓発活動ぐらいしかない。しかし宗教的な立場から発言できることはあるのではないか。例えば、仏教の「少欲知足」は現代人の過剰な飽食欲求に自制を促す教えとなる。