現場力から世直しへ 寄り添う姿勢を問う
『現場力から世直しへ』(岡野彩子編著)というエッセー集が大阪大COデザインセンターから出版され注目を集めている。ケアや看護介護・医療、福祉や教育などの様々な現場に関わる人たちの小文をまとめたもので、現場でこそ得られる知見と取り組みへの力、それを基にこの生きづらい世の中を良くしていこうという豊富な論稿は、人に寄り添うとはどういうことか、いのちとは、生きるとは、といった幅広い示唆に富む。
基になったのは、同大で2006年から開かれた「現場力研究会」とその後継として18年4月から毎月続いた「世直し研究会」での論議。そこでは人類学、社会学などの研究者をはじめ、看護、医療、教育の専門家、音楽家や哲学者、獣医師や宗教者ら多岐にわたるメンバーがそれぞれの持ち場での実体験とそれに基づいた考えを自由に語り合い、そして随時に「ノオト」として文章化した。
論議は、中南米や南アジアなど海外のフィールドでの人類学的調査、外国人労働者問題、水俣病、様々な差別問題、大阪・釜ケ崎など貧困社会の現況、マザーテレサの業績、東日本大震災被災地の報告、終末期医療や生命倫理問題と多彩だ。芸術論や哲学的考察から、最近ではコロナ禍での社会的同調圧力についての議論、あるいは身近な日常の随想も含めて、そこから発信された25人の計99編がノオトからエッセー集に盛り込まれた。
例えば「一隅を照らす人」では悲しむ人々に向き合う〈夜廻り猫〉という漫画を入り口にケアや世界の諸問題への姿勢が語られ、「仕方がなかったなどというてはいかんのです」は、戦争犯罪に加担させられた人物の述懐から時空を超えて倫理の根幹を問う。「労働力を呼んだが、来たのは人間だった」は隠れがちな観点を提示しており、どれもが人間とは、その人間が生きる社会はどうあるべきか、といった深みに根差している。
ヒトラー政権を批判した牧師D・ボンヘッファーなどナチス時代の抵抗運動やキリスト教文化史の研究者で自らも執筆した岡野氏は、研究会の運営・司会を続けた経験から「コロナ禍でリモートが普及しても、生身の人間が息づき真の人間関係が結ばれる現場に依拠してこそ、本物の進歩や改革、世直しが見えてくる」と言う。
研究会は3月で一旦幕を閉じたが、このような現場の感覚から世直しを志向する人たちが各方面にいる以上、何らかの形式で再開されることが期待され、そこには宗教者の役割もあろう。書名で検索するとネットで全文が閲覧できる。照会は同センターのサイトへ。