平和の規範破壊 核の脅迫は許されない
ロシアのウクライナ侵攻は暴力によって支配領域拡大の意思を通そうとするものだ。他国への軍事侵略は、第2次世界大戦後に国際社会が保とうとしてきた平和の規範を破るものであり、正当性がない。国連憲章の前文には「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念」が掲げられる。また「寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」とある。大戦への反省から国家エゴイズムの克服が強く意識されていた。
ロシアのウクライナ侵攻はこうした理念に明確に背いている。戦闘員ではないウクライナの多くの人々が殺傷され、難民と化している事態を引き起こしたことは、決して正当化できない。加えて、プーチン大統領が核兵器の使用をほのめかしていることも看過できない。これまで核兵器の保有はそれによって戦争を防ぐためだと主張されてきた。核抑止論である。だが、プーチン大統領は攻撃のために核兵器を用いると脅迫して軍事上の優位を得ようとしている。核を攻撃的に用いる可能性をあからさまに示したのだ。
このように暴力的支配を露骨に肯定する態度を大国の首脳が示したのは、現代世界にとって深刻な脅威である。世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)は3月2日に発出した「ウクライナ情勢に対する声明」で、「この度のロシアによる軍事攻撃とそれに伴う核使用への言及は、世界を破滅の道へと導くものであり(中略)、平和を願う世界の多くの人々の良心を裏切る行為に他なりません」とした。
大戦後に世界が共有した平和や基本的人権の価値観を、かなぐり捨てる大国の政治指導者の行動は新しいわけではない。21世紀に入ってからの米国のブッシュ大統領のアフガン攻撃やイラク攻撃、中国のウイグルや香港での抑圧的な支配などは、これほどあからさまでないにせよ、力による抑圧的支配の動向を明確に見せていた。
冷戦体制の崩壊前後から、市場経済によるグローバル化が進むとともに、市場経済を通した力の行使があからさまに進んだ。新自由主義と呼ばれる政治経済の在り方が、力による支配の拡充と国家エゴイズムを正当化してきた。そして、それを受けて大国の有無を言わせぬ力の支配の姿勢があらわになってきた。大国の暴力支配への批判は、エゴイズム肯定の国際政治経済の見直しにまで至る。モラルが問われており、容易ではない重い課題が立ちはだかっている。