相互交渉の意味 AIの限界とケアの重要性(9月11日付)
人材不足は深刻の度を増しており、建設・土木業、運送・物流業、医療・介護業などでとくに顕著だ。一方、AIの普及によってかなりの数の働き手を削減できることに期待がかかる。2030年までに労働人口の半分近くがAIやロボットで代替される可能性があるともいう。
デスクワーク的な職種の人の数は減っていく。これに対して、不足が続くと予想されるのはケアやサービスに関わる職種だ。介護や保育や教育は典型的な例になるだろう。
東アジアで話題になることが多いのは、AIで故人を再現し、遺された者のケアを行うというサービスだ。中国ではAIで故人を再現し、遺族がAI故人とやりとりをすることがビジネスとして広まったという。だが、これについては、すでに問題点や限界が指摘されており、中国では法令によって規制する動きも進んでいる。
一つには死者である故人の尊厳ということがある。生者が死者について思いのままに再現し、故人を思うままに作り変えてしまうことができる。フィクションとしての故人と本来の故人が混同されてしまうことは、関係者にとって耐え難いこともあるだろう。死者は関係者の中に生きていると考えると、それは故人そのものへの冒涜とも言える。
もう一つの限界は、AI故人は生きた人間ではないということである。当たり前のことだが、「AIが生きた人間を代替する」ということからすると、AIは人間ではないので、人間が備えている喜怒哀楽とそれに基づく相互交渉は行えないということだ。しばらくは優しい応対に喜ぶが、交わりが深まっていかない。
芸術作品と比べてみよう。優れた芸術作品では深い喜怒哀楽が表現されており、奥深い特徴を持った人物が造形されていることはある。だが、登場人物と芸術作品の享受者が相互交渉することはない。演劇の場合、演出者や俳優を通して観客との相互交渉がなされるが、それも限定的なものにとどまる。
生物体ではないヒューマノイドを作り、喪失に苦しむ生者が癒やされるという物語(小説)や映画作品が幾つも作られているが、相互交渉できるようでも、生き物としての相互交渉ではないことの限界は超えられない。
相互交渉とは「ケアしケアされる」こととも言い換えることができる。ケアに関わる仕事のある種の本来的な要素は、AIによって代替できないということでもある。ケアとは何か、どのようにケアの力を養っていくかが重要性を増していくゆえんである。






