上座部仏教における聖典論の研究…清水俊史著

本書はスリランカを中心に栄えた上座部仏教における①三蔵形成論②仏説論③聖典観――という仏教研究の根幹を成す重要課題に正面から向き合った労作である。
第一部「三蔵形成論」は、三蔵がどのようにして現行の姿に定まっていったのかを詳述する。5世紀以前に成立した古資料によって、経蔵が5部構成で既に統一されていたことを文献学的に証明。ブッダゴーサを、思想的な独自性をもって経蔵をそれまでの4部から5部に再編した人物として特定した先行研究を覆したことが注目される。
第二部「仏説論」は、上座部における仏説論について、正統性に疑義のある教説にも“仏説”としての権威を付与するための理論であり、三蔵の範囲を規定するための理論ではないことを明らかにする。この結論は、仏説論が大乗経典を生み出す原動力になったという理解に再考を迫るものであり興味深い。
第三部「聖典観」では上座部における結集伝承や書写聖典、舎利崇拝の諸相を説一切有部や大乗仏教のそれと比較。「結集において合誦された三蔵がいまだ何一つとして失われていない」という確信こそが上座部をして上座部たらしめる聖典観であると結論する。
上座部パーリ三蔵の形成過程解明に取り組む研究として、学問的論議を刺激することになるだろう。本体価格9000円、大蔵出版(電話03・6419・7073)刊。