虚構の浸透
アルゼンチンの作家ボルヘスに「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」という短編がある。ウクバール、トレーンという架空の土地に関する項目を含む百科事典を、語り手が偶然見つけることから始まる。やがて、トレーンに関する事典の一つの巻が出現し、ウクバールの曖昧な記述の背後にある別の世界の奇妙な哲学、文化、言語体系が明かされる◆語り手はその事典の制作者を調べ、多くの人々が長い年月をかけ架空の世界の創造に関わってきたことを知る。トレーンの世界の偽りの調和的秩序は歓迎される。やがて現実をも侵食し始め、学校では虚構の歴史が教えられる。語り手は諦念とともに「世界はトレーンになるだろう」と受け入れる◆高度情報化社会の我々にとって、単なるファンタジーと退けられない何かを感じる物語である◆国土交通省の「統計不正」が問題になった。国内総生産の算出にも使われる重要な実績数値の元データを改竄して集計していたらしい。しかも、継続的かつ大掛かりに。常識上問題があるのは承知の上だろう。事実の軽視は組織の劣化の表れだ◆ポスト・トゥルースの時代。政治、行政のうそが既成事実になり、民主主義が骨抜きにされ、歴史までが再創造されることは警戒しなければならない。気が付いた時にはとんでもない国になっていた、という事態は避けたいものだ。(津村恵史)