残響
鐘を合図に、音階風に下降するシンプルで物悲しい旋律が、弦楽合奏で繰り返される。くさびを打つように鐘は鳴り、弦楽器が泣き叫ぶ。イ短調の主音(ラの音)の和音に収束して絶頂を迎え、最後に鐘が静かに打たれる◆ある録音では、曲の終わりの鐘の音は弦楽器の轟音にかき消されて聴き取ることができない。弦楽器奏者が最後の音を弾き切って弓を上げた瞬間、鐘の余韻だけが空間に残り、既に鐘は鳴った後だったと知る◆エストニア生まれのアルヴォ・ペルト氏が作曲した「カントゥス―ベンジャミン・ブリテンの思い出に」(1977年)を聴くたびにこの残響の意味を考える◆身近な人を失ってその人を思う時や自らの人生を省みる時、病を得た時など、私たちは様々な十字路に立ち、心の整理や選択をする。何かを求めた時には時機遅れでかなわない目標や夢もあろう。鐘が既に鳴った後だと知った時、十字路をどう進めばいいのか。思いがけない道を選ぶこともあるし、停滞することもある◆ゲーテは『ファウスト』で「高みを求め続ける限り、人は踏み迷うものだ」と書いている。ファウストは自らの欲望の赴くまま振る舞うが、老年は利他行に目覚めて干拓事業へと乗り出し、喜びのうちに亡くなり魂は救われる。踏み迷いつつも今できることを慎ましく行い続けることで報われる道があることを信じたい。(須藤久貴)