「最後の晩餐」
パリ・オリンピックで選手らの活躍は人々に感動を与えた。一方で商業主義の弊害、大会理念の風化といった問題に改善はなかった◆オリンピックは全人類が共有できる価値観のもと開催されるべきである。しかし、パリでは残念ながら、価値観の対立が浮き彫りになった◆開会式イベントでLGBTQのアピールとしてダビンチの「最後の晩餐」のパロディー演出があったことは、カトリックや正教会さらにイスラム教の方向からも批判を浴びた。大会事務局は、反宗教的意図はなく不快感を与えたならおわびすると述べた。芸術監督は「最後の晩餐」ではなく、オリンポスの神々の祝宴だと弁解した。マクロン大統領は演出家らを擁護した◆主催者側には宗教的価値を冒瀆するという意識はなかったかもしれない。ただ「私たちの共和国の価値観を再確認する式典にしたかった」という芸術監督の発想は本音ならナイーブ過ぎて驚く。LGBTQへの対応は国・宗教によって異なり、フランスの価値観が世界で共有されているわけではない◆伊達聖伸・東京大教授によると今大会でフランスは自国選手にイスラムのベール着用を禁じた(本紙7月26日付「時事評論」)。「ライシテ」原則に基づく禁制だが、世界的に見れば特殊である。芸術監督の言う「共和国の価値観」を普遍的価値と思い込む危うさは共通している。(津村恵史)