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医学教育の祖を顕彰 石像安置の六角堂建立

茨城県古河市 時宗一向寺

六角堂中央にある田代三喜石像と峯﨑住職。靴を脱いで周りを巡れば、足のつぼが刺激される工夫も 六角堂中央にある田代三喜石像と峯﨑住職。靴を脱いで周りを巡れば、足のつぼが刺激される工夫も

茨城県古河市の時宗一向寺境内に昨年11月、六角堂が落慶した。吹き抜けの堂内中央には日本医学史に名を残す田代三喜(1465~1544)の坐像が鎮座する。同寺ではその功績の顕彰に力を入れている。

三喜は室町時代末期に活躍した医師で、弟子に曲直瀬道三がいる。

三喜は足利学校で医学を学んだ後、明に渡って日本人医師・月湖から最先端の医学を学び、師の著書『全九集』など最新の医学書を持ち帰った。

帰国後、足利で連歌師の猪苗代兼栽の中風を治療したのがきっかけとなり、45歳で古河公方の侍医となった。その後も関東一円に赴き、庶民のための医療に従事し、慕われたという。

一向寺の峯﨑賢亮住職は内科医で、宗内では宗会議員を務める。時宗の機関誌『遊行』に「ドクター・ミネの毒舌健康法話」を連載し、医療知識や健康に関する啓発に努めてきた。

峯﨑住職は、三喜の功績は「当時の中国から最新の医療を日本にもたらしたことだけではない」と語る。

日本では鑑真以来、医学を学ぶためには僧侶となる必要があった。三喜も足利学校で医学を学ぶ前に15歳で臨済宗の僧侶となり、後に還俗した。三喜と、医学校「啓迪院」を設立した弟子の道三による最大の功績は、「僧侶ではなく医師が医学生や研修医に医学教育を行う」現在に通じる教育システムを確立し、医療と宗教が分離するきっかけとなったことだと峯﨑住職は指摘する。

六角堂内の石像は同寺に伝わる木像を模刻した。三喜の没後にその徳を慕って造られた木像は一説では元々、菩提寺・永仙院にあったが、廃寺となったため一向寺に納められたという。現在の像は明治期に焼失した木像の復刻を先々代の住職が発願し、1937年に開眼供養が行われた2代目の像で、本堂に安置されている。

石像は健康祈願の「なで仏」として、また医大受験などの合格祈願も御利益とする。六角堂の床面には棒状などの様々な形の石が埋め込まれており、靴を脱いで像の周りを巡れば足のつぼが刺激され、それだけでも健康増進につながる仕掛けだ。

一向寺では花まつりに併せて「田代三喜祭り」を行う。今年は4月7日に200人を超える参詣者が集まった。今後も継続し、三喜の功績を伝えていく。

(山縣淳)

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