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「平成」から「令和」へ 作られたあおりに乗らず

北海道大名誉教授 土屋博氏

時事評論2019年5月31日 10時33分

「平成」が終わって、「令和」が始まる、とどこからともなく言われ、マスメディアも自明のことのようにその転換を報道した。若者たちは新年を迎えるようにカウントダウンし、過剰なパフォーマンスで繁華街を騒がせ、その様子をネットで発信した。それがひとまず収まったとき「新しい世」の始まりとされ、メディアもそれに追従する。

この「変化」を操っているつもりでいるのは、現在の政権担当者たちであるように見える。さらに背景には目に見えない様々な思惑も働いている。しかし、それとは無関係に時は移り変わる。この流れのごく一部に「平成」の終わりと「令和」の始まりがあり、新旧の時の境目は実ははっきりしないのであるが、はっきりしているかのように演出されるとき、すでに虚妄のからくりが働く。それを演出しているつもりの者たちは、最後まで責任を取ることはできない。

このきっかけとなったのは天皇の生前譲位であり、これは単に一天皇の英断による目に見える出来事にとどまらず、今後の日本社会周辺に、はっきりと境界をつかみがたい形で波紋を広げていくと思われる。ここにはさしあたりメディアの仕掛けもあるが、それは天皇ご自身の意識と重ならず、先は見えない。重要なことは、「平成」から「令和」への転換が特別に新しい時代をもたらすわけではないという至極当たり前の事実を淡々と認識することであり、作られたあおりには乗らないことである。

新元号公表という一種のメディアイベントは、現代のネットメディア社会の象徴として消費されたという指摘は的を射ている(毎日新聞「時代の風」2019年4月7日)。その裏には、これほど気楽に語り得る話題が少なくなった現代社会の息苦しさがあるとも言われている。

物事を記号化し消費することで、人々は感情を発散させるのである。日本の象徴天皇は記号的存在であり、生身の人間としての天皇は語られてこなかった。高齢の天皇の生前譲位は全く想定外だったのであり、そういう意味からすれば、新元号をめぐる空虚な騒ぎは良い意味で画期的でもあったのである。

しかしほどなく人びとはそのからくりに直面せざるを得ない。空騒ぎの間にも日本社会の現実は何も変わらず、安楽を仕組んだつもりの者たちは当人たちの意図とは無関係に人々の期待を裏切り、静かに「平成」を担った上皇ご夫妻と皇族の何人かが長年の模索によってかち得た人間としての温かい共感がそれに代わって人々の意識に残された。

この状況を正面から受け止め得るのは、所属・無所属を問わず特定宗教集団からは距離を置く本来の「宗教者」であろう。すでに空騒ぎのはざまからは深刻な問題が浮かび上がりつつある。直接のきっかけは日本社会の高齢化・人口減少であったが、そこから広がる各種の差し迫った軋みはもはや既成の理解力を越えつつある。なかでも高齢化に伴う多様な「死」との対応には、一般的議論を越えて個々の「実存」が問いかけられている。実はこれは本来の宗教者がこれまで取り組んできた問題であり、今こそそれを思い起こすべき時であろう。

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