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恩返しと「恩送り」 善行の連鎖で社会支え合う

大阪大教授 稲場圭信氏

時事評論2019年8月30日

「いままでずっとチケットを使わせてもらってたけれど、今度はそれを買う」。ある青年の一言がテレビで紹介された。「子どもが集うカレー店・助け合いの工夫」と題してNHK「おはよう日本」(14日放送)が報じた奈良県橿原市にあるカレー店の取り組みのワンシーンだ。

その店には放課後になると子どもたちが集まってくる。子どもの見守りを地域でする必要があるのではないかと思っていた経営者が、子ども食堂もヒントにしながらカレー店を昨年オープンした。その店には「みらいチケット」というシステムがある。

客が、自分が食べたカレーの代金に加えて、別にカレーのチケットを買って店のボードに貼り付ける。子どもたちはその「みらいチケット」がボードにあれば、それを使って無料でカレーを食べることができる。冒頭の青年はそのチケットを使って無料でカレーを食べていたが、今度は、他の子どものためにチケットを購入したのだ。

「恩送り」という言葉がある。以前、この「時事評論」の欄でも取りあげたことがある。人から受けた善意、親切を他者に送ることを意味する。「恩返し」は親切にしてくれた人にその恩を返す行為だが、「恩送り」は別の人に親切にする。そこには、おかげ様という感謝もあろう。その感謝の気持ちから「今度は自分が少しでも社会に、人のために役立つことができれば」と行動にうつす。

いま人々の間に静かに広がる保留コーヒーの動きも興味深い。19世紀のイタリアのナポリで始まった他者への小さな善意は、21世紀に入り、アメリカをはじめ世界中に広まっていった。日本でも2013年頃から静かに浸透している。自分の飲むコーヒーに加えて、もう一杯分のコーヒー料金を余分に払うことで、他の恵まれない人にコーヒーを無料で提供できる。小さな思いやり行動だ。

なぜ、このような小さな恩送りや思いやり行動が広がっているのか。偽善や売名行為と見られたくないが人のために役立つことをしたい、親切をしたいという人はいる。その一方で、様々な事前準備が必要なボランティア活動はハードルが少し高いし、知らない人と支援を通して親密になったり、その人の人生に関わったりすることに抵抗感がある人もいる。深い関係性を持ちたがらない、それでいて誰かとつながりたい、今の時代の人間関係だ。

飲食店の小さな善意は、事前の準備は不要で、時間、労力、金銭というコストがそれほどかからず、楽しみながら気軽にできる。しかも、募金箱に入れる寄付とくらべると、自分の行為が確かにある一人のために役立つという実感が得られる。気軽さとこの実感により、小さな思いやりの取り組みが広がっているのではないか。

人からあたたかい心を向けられて人はあたたかい心を知る。思いやり行動を受けた人が思いやり行動を知るのだ。人から受けた善意を他者に渡す恩送り。その善行の連鎖により、支え合う社会がつくられていく。小さな思いやりがリレー競技のバトンのように次から次へと渡されたら、世の中、随分と明るくなることだろう。

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