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ある新宗教教団の信仰継承 祭儀を守る緊張感に感動

東京工業大教授 弓山達也氏

時事評論2019年9月13日

横浜に所在するある新宗教教団と30年ぶりに連絡をとっている。1990年に刊行された『新宗教事典』(弘文堂)の執筆でこの教団を担当することとなり、教団史を送っていただき、電話や手紙で情報を得て、教団の沿革や創始者の略歴などを書いたのがきっかけだ。今回は日本宗教学会の発表で、一事例として、再度、この教団を取り上げることとなっての調査だ。

教団は明治10年代に結成された天理教の講社に由来する。講元やリーダーは天理教の京都・東京における最初期の布教者。少し天理教の伝道史に関わる文献を紐解けば、彼らの名前が必ず出てくる。ただ明治中頃、教派神道体制が確立していく中で、天理教は神道本局の、この講社は神習教の、それぞれ傘下に入り、いつのころからか講元やリーダーたちは天理教の本部から「心得違い」とみなされるようになった。

さらに教団は京都と東京で、それぞれが本部を名乗り、次第に疎遠となっていく。やがて宗教団体法施行の際に川崎にあった教会が神習教と袂を分かち宗教結社になり、戦後は横浜に移転し、独立した宗教法人になっている。

今回、初めて横浜の本部を訪問した。30年前は文献調査のみで「天理教同様の勤めなどを行う」と書いたものの、天理教から離れて約130年、本当に今も天理教式の祭儀がつとめられているのか、直接この目で確認したかったからだ。これまで天理教の儀礼や教義を天理教以上に正しく継承していると主張する教団を訪ねて、石を拝む信仰になっていたり、教えが抜け落ち霊能崇拝になっていたりする事例をたびたび目にしてきた。

教団に到着すると30畳の礼拝場と同じ位の広さの勤め場所で10人位の信者が月次祭の準備をしていた。神道式の月次祭に続いて、天理教の「みかぐらうた」が始まる。文言こそ同じだが、節回しが大きく異なる。聞けば3カ所ある教会ごとで微妙に異なるのだという。天理教では、かぐら面をつけての祭儀も行われるが、この教団にも面のみが伝えられているという。

宗教だから儀礼や教義を重んじるのは自然なことかもしれない。しかし続けていくうちにそれが変容したり、本来の意味や由来が判らなくなってしまったりということは珍しくない。天理教は人類発祥の聖地と親神を体現する教祖が今もそこで生きているという信仰を持つ。そこから離れて130年もの間、聖地と教祖に由来する祭儀を持続する、その執念と緊張感に筆者は感動を覚えた。

祭儀の参加者は、勤め人衆を除くと、管長と筆者ら3人である。戦後の教団復興を第1世代とすると、現在の信者は60~80歳代の第2世代である。本部の他、三つの教会と四つの布教所は後継者問題を抱え、閉じているところもある。

高齢化と後継者問題は宗教界全体の課題であり、教団関係者も、そのことや自分たちの布教・教化の問題点を十分に理解している。しかし祭儀を続けていくことで何かが起こるという期待の声も聞かれた。筆者に信仰者めいた感慨が許されるなら、親神様はこの教団にどのようなお役を与えられたのか、そっと見守っていきたいと思った。

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