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コロナ禍で見えてきたもの 「信仰共同体」新たな可能性

東京工業大教授 弓山達也氏

時事評論2020年6月26日 13時16分

私事で恐縮であるが、勤務先の東工大は4学期制でコロナ禍で数週間遅れたものの、ちょうど今が1学期の終わったところだ。私のばあい全講義がインターネットを介したライブ中継。最初は「とても無理」と思ったが、手応えや課題なども見えてきた。そのうちのいくつかは冠婚葬祭や行事の自粛、オンラインの中継に暗中模索の宗教界と共有できることもありそうだ。

オンライン講義にして最初に驚いたことは出席率の高さ、課題を出せば今まで以上に良いレポート、そして毎回140人の受講者のうち数十人が質問をしてくる活況である。次にこれも予測していなかったことで後述するが、オンラインになったことで教室よりも学生の置かれている「ある種の状況」が判った。

オンライン講義になる前は、ネームプレートに向かって話をする虚しさに恐怖すら抱いていたが、チャット欄や外部の意見収集ツールを使えばびっくりするほどの書き込みである。こうした状況はオンライン法要になったら、身体の不調や遠方在住のため足が遠のいていた檀信徒が通常より多く参列していることと似通っている。

だが注意しなければいけないのは、距離が縮まったということは同時に互いの立場がよりフラットになったことも意味する。教師は教壇に、僧侶は内陣に護られ、「高い」ところから話をしてきた。「どうぞ」と言っても、そこには絶対に縮まらない距離があったが、オンラインはその距離や高低を軽減した。

少なくなったのはそれだけではない。遠慮がなくなったというのも実感だ。課題を出せば、その意義を聞いてくる。足下をすくわれた気分だが、教員は自明のことを見直し、改めて別の言葉で説明することが求められ、教授法・教育上の効果もきっとあると思う。

同じように檀信徒は近親者の魂のゆくえ、いのちのあり方、苦について聞いてくるだろう。中にはお布施についても不躾な質問があるかもしれない。情報化時代である。その辺の本やサイトにあるような回答では相手は満足しない。しかし信者が本音で問い、宗教者が自分の言葉で語るやりとりが宗教リテラシーの底上げにつながるに違いない。

一方、オンライン講義はある意味で残酷である。詳細は書かないが、教室では判らなかった家庭状況やその家の経済状況まで垣間見ることがあった。公平・公正を旨としてきたが、同じ条件で学生を扱うことが決して平等ではないことを痛感した1カ月半だった。

通常と異なる冠婚葬祭や行事の出席は、いつもなら礼服や喪服の内に秘めておけるお家事情や内情をさらけ出させてしまう危険性がある。もちろん見なかったことにすることもできよう。しかしこの災禍の下、不思議な共同体意識が芽生えるのも事実だ。「オンラインで自宅の講義は楽でしょう」と言われるがとんでもない。教室に出向く以上に学生の諸条件を慮っている自分に気づく。学生の感想には講義の進行や形式を気遣うものが少なくない。

「学びの共同体」「信仰共同体」、よく耳にする用語だが、もしかするとかかる状況だからこそ、これらは実現できるのかもしれない。

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