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分断社会の超克に向けて 宗教者の暗黙知、専門知を

大阪大教授 稲場圭信氏

時事評論2020年7月31日 11時45分

今、新型コロナウイルス対策における専門家会議の助言をめぐって議論がある。小林傳司(大阪大名誉教授)は、「責任を追及するだけでは、危機管理に協力する専門家はいなくなる。大きな社会的損失」であるとし、政治が責任を取る姿勢を示すことに加えて政策決定のプロセスを明らかにする必要性を指摘する(朝日新聞、7月2日)。

この新型コロナウイルス対応のさ中に発生した令和2年7月豪雨に対して、災害ボランティアや減災・復興の専門家ではなく、災害支援の実践家の声によって、県境を越える支援活動の自粛が呼びかけられた。

多種多様な声、相反する考え方がある今、一人ひとりはどの意見を信じて意思決定し、行動すればよいのか。

環境や人の健康に重大な悪影響が生じる危険性がある場合には、その科学的証拠が不十分であっても対策をとるべきだという予防原則の考え方がある(藤垣裕子『科学者の社会的責任』)。そして、専門家の意見が分かれる時に、それを市民が知りうることも重要という考え方もある。これは、ハーバーマスの公共空間における議論にも接続する。何が正しいか不確定な状況下にあって、公の問題について専門家、行政、市民、企業、様々な社会的アクターが意見を交換し、議論を通して社会的合理性を構築していくのだ。

では、専門家と一般市民の関係性はどうなっているのか。科学的知識の社会学を専門とするコリンズとエヴァンズは、「我々が専門家や専門知への信用を失ったせいで、科学技術ポピュリズムの時代が到来せんとしているように思われる」(『専門知を再考する』)と指摘している。従来、専門家と一般市民の関係は、専門家から市民への知識の一方向の流れを仮定していた(市民の知識欠如モデル)。その考え方は今も根強くあるが、社会生活においては一般市民の方が狭い分野に生きる専門家よりも賢明な判断ができるという主張もある(民衆の知恵)。

専門家には専門家集団以外に言葉で説明するのが難しい暗黙知も存在しようが、専門家がある判断をした際には、それに対し、一般市民が意義申し立てすることが社会的に許容されることが必要だ。一方で、批判のための批判になっては社会問題は解決されない。

20世紀のスペインの哲学者オルテガは、一般市民ではなく、大衆という言葉を使った(『大衆の反逆』)。オルテガにとって、大衆であるかどうかは階級や専門家であるかどうかとは無関係である。その人の精神、生き方にある。困難に立ち向かう人であるか、ただ社会の体制に流れ漂う人、すなわち大衆であるか。大衆批判は専門家にも向けられている。90年前、オルテガはスペイン、欧州の状況を問題にした。今、日本は大丈夫か。

宗教者は、貧病争などの生きていく上での困難、悩みに向き合ってきた。様々な人の声を聴き、日々の悩みに寄り添ってきた。そこには宗教者としての暗黙知も専門知もある。異なる立場で分断されている世の中にあって、社会の潤滑油のような働きをしている宗教者もいる。分断社会の超克にむけて足元から取り組みたい。

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