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コロナ禍のお盆・墓参り 魂のゆくえ考える機会に

東京工業大教授 弓山達也氏

時事評論2020年8月21日 13時17分

この原稿は8月15日に書いている。前回に引き続き私事で恐縮だが、拙宅のお盆は一人暮らしの母を、正月同様、筆者と妹両家族で訪問するというのが毎年のならわしだ。しかし今年はコロナ禍の影響で、母からの申し出もあって自粛となった。8月3日の中国5県知事の帰省の再考を促すメッセージや6日の東京都知事「帰省控えて」、翌日の三重・愛知・岐阜の知事による「お盆帰省、検討し直して」の共同メッセージが念頭にあってのことだ。

一方、安倍首相や菅官房長官は「一律の自粛を求めるものでない」とし、野党や新聞は国と地方自治体との見解の相違を指摘した。思えばお盆について首相や都道府県知事がそろって発言し、しかも内容がまちまち。一覧表を作成してみようと思っているが、関西6府県知事が自粛を要請しないという一致も興味深い。

もっと興味深いのは仏教各宗・本山が、これについてあまり多くを発言しないことだ。もちろん各宗とも早い段階で指針や声明等で、コロナ対策について方針を示してきた。ただ国民は「お盆をどうすればいいのか」、もっとはっきり言うと「墓参りをしなくてもいいのだろうか」について、首相や知事からではなく宗教者から答えを聞き、納得したかったであろう。

さらに言えばオンライン法要、ドライブスルー焼香、墓参り代行が許されるのかも気になるところだろう。オンライン法要は寺院からの薦めもあるものの、緊急措置の域を出ない。あとの二つは葬儀社や専門業者が行うものだが、もし自分が活用するとなると何か後ろめたい気がする。お盆の自粛と同様、どう納得したらいいのだろう。

以前、このコラムで、福島県いわき市のじゃんがら念仏踊りに触れたことがある。念仏とはいうものの、郷土芸能、青年会の夏の風物詩となり、宗教性が失われていたところに東日本大震災が来た。開催自体が危ぶまれた時に、じゃんがらの担い手たちは、この行事の有する慰霊や追悼の意味を、そしてこの世とあの世をつなぐものとしての役割を再発見するようになったという。県立いわき海星高校では国際交流の催しとしてじゃんがらの部活があった。しかし震災で生徒が亡くなった新盆に、鉦や太鼓が津波で流されたため、これらを借りて、メンバーが集まり、友人宅前で慰霊のじゃんがらを奉納した。

被災地では平時においてそれほど意識しなかった死、先祖、他界という、いわば魂のゆくえに、震災があったからこそ向き合わざるを得なかったのだろう。宗教としてそれほど認識されていない行事に、再び宗教性が立ち現れる瞬間に、宗教研究者として身震いするような気持ちだった。

周知の通り、日本では宗教を信じている人は2~3割だ。しかし墓参りや初詣となると7割以上が参加する。そして多くはこれらを宗教とみなしていない。お盆の自粛、墓参りができなかった、いつもと違った形を余儀なくされたからこそ私たちはその意味を考える機会を得たと考えたい。亡くなった方に心を向ける、神仏に手を合わせる。宗教が宗教であるとは何なのか、宗教者のみならず、私たちの魂のゆくえ、根っこの部分として探求したい。

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