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百年前、スペイン風邪の猛威 病への恐怖と祭りの熱狂

東京工業大教授 弓山達也氏

時事評論2020年12月11日 11時26分

連日、伝えられるコロナ禍の報に接する度に、100年前のスペイン風邪禍の時はどうだったのだろうと気になる。朝日・毎日・読売の全国紙については、インターネット上の検索も可能なので、だいたい紙面をめくってみた。1日に何百人もの死者を出しつつ、初詣、節分、お盆などの宗教行事が行われていたことは前回の本稿でお伝えした。

スペイン風邪禍の国内の世相を網羅的に伝える速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』は各地域の状況、特に新聞の第一報が詳しく書かれているがなぜか福島県の記事がない。そこで福島県立図書館に大正期の地方紙『福島民報』『福島民友』『福島新聞』を閲覧しに出掛けてみた。

明確な第一報は大正7年10月25日で「流行感冒平町を襲ふ」「患者総数約三百名」という見出しが見られる。翌日からは感染力が高く唾液の飛散が危険なこと、学校が続々と休校になっていること、そして11月5日には福島県下で20万人の罹患者を出し、うち500人以上が亡くなっていることが報じられている。県下で最も被害が顕著なのは若松市で11月中旬には4万5千人の市民のうち3分の2が罹患し、この段階で毎日平均56人の死者が出ているという。

新聞ではスペイン風邪関連記事の件数は減るが、大正8年から9年にかけても流行があったようだ。年末には「群衆に近づかず」マスク着用などの予防策が、明けて1月には現いわき市の好間で1200人の罹患が報告されている。

こうした中、初詣や節分が例年通り行われているのは全国紙で確認した通りである。季節は変わるが大正8年7月の相馬野馬追祭は「三日間の人出は十余万」、8月の「盆踊り 一市十七郡は熱狂の最中」とある。そして賑わいをみせたのは宗教行事だけではなかった。大正7年11月の第1次世界大戦休戦の際は「人殺し感冒」の見出しの上に千名規模の提灯行列に始まる「歓喜酔へる」祝賀会の大群衆の様子が、翌8年元旦には花火の合図とともに700人を集めて開催された福島市官民合同祝賀会が、2月には「ブリ返った感冒 黒死病より恐ろしい」の見出しの下に「全県下かるた大会」の告知が見られる。

自粛ムードが重くのしかかるコロナ禍とかなり雰囲気が違うのが看取できる。これを当時は感染症に対する知識がなかったとか、命が軽んじられていたとかみなすのは軽率であろう。今と同じように予防対策が報じられ、若い兵士の病死は氏名住所が記され「凶事」として伝えられている。

ただ病や死に対する感覚が今とは違っていたことも記事から感じられる。それは今後詳らかにしていきたいと思うが、病による死が戦争や事故の生々しい死と隣り合わせであることや、病自体が「魔の手」「襲う」と擬人化されている一方、ある種人知を超えたもののように受け止められていたことと関連しそうだ。

また新年会や祝賀会といった公的な行事の持つ規範力も無視できない。そして宗教行事は私的なものであるとともに、コミュニティの行事という公的な性格も合わせもっていたことも、自粛と無縁だった背景なのかもしれない。

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