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中外日報宗教文化講座2021
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教えは「密」なもの 人間存在の根幹に関わる

京都府立大教授 川瀬貴也氏

時事評論2021年5月28日 11時56分

今回からこの欄の執筆者の一員となりました。まずは自己紹介がてら、最近私が考えていることを申し上げたいと思います。私は日本と韓国の近代宗教史を専門に研究していますので、韓国の話題から話を進めたいと思います。

いささか旧聞に属しますが、昨年2月に韓国において通称「新天地」というキリスト教系新宗教が新型コロナウイルスに集団感染し、大きな問題となったことがありました。この騒ぎを受け韓国では、プロテスタント、カトリックなどの伝統宗派も礼拝を中止、もしくは制限していると聞き及んでいます。

宗派によってばらつきがあり、一概には言えないとは言え、韓国のキリスト教は日本のそれと比べて「信仰熱心」で「海外伝道も盛ん」であることが知られています。現在の日本にも多くのニューカマーの韓国人伝道師が存在していますし、日本の教会はそのエネルギーにあやかりたいと思っている節さえ見受けられます。

しかし、よくよく考えてみると、韓国でこの教会がクラスターと化したのは、まさに教会にぎゅうぎゅう詰めになって毎週共に祈り、歌い、食べるというような、コロナ以前の世界なら褒められるような「信仰熱心さ」ゆえです(教えの内容はここでは問わないことにします)。

今更確認するまでもないと思いますが、宗教の現場や、筆者が携わっている教育現場でも、以前なら推奨され褒められるべき「親密さ」がすっかり逆転した価値付けをされています。

本紙を読んでいらっしゃる皆様にはまさに「釈迦に説教」以前のお話ですが、そもそも宗教は「祈り」「教え」「癒やし」と、「密な営み」が生命線だったわけです。密教は元々「秘密の教え」という原意を持ちますが、師匠から弟子という密な関係で伝承されていたものです(「三密」という言葉は今や密教用語ではなくなってしまった感がありますが……)。

「密」といえば、秘密、というニュアンスもあります。つい先日、これまで外部の人に大っぴらに見せることがなかった東大寺二月堂の修二会の「お水取り」内部の様子がテレビ中継されました。この中継も、参拝者を制限して行われるなかで、せめて祈りを多くの人々に届けたいという思いから企画されたようです。

その思いは確かに中継を通して届いたでしょうが、やはり「その場に立ち会いたかった」という隔靴掻痒感も否定できなかったと個人的に思いますし、「秘密」ならばこそ、という宗教の機微もいささか減じたのではないでしょうか。

「お水取り」と比べるのもおこがましいですが、この1年ほど私が行っている大学での遠隔講義も、常に隔靴掻痒感との戦いであると言っても過言ではありません。やはり「教え(の場)は密なもの」である(べき)という思いは拭いきれません。

「密」であることは、大袈裟に言えば「人間存在の根幹」に関わっているような気がします。人間は人と会い、人と密な関係を持つために生きている、という当たり前すぎることを、このコロナ禍で改めて自覚させられた、というのが偽らざる気持ちです。

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