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Can we celebrate? 東京2020五輪は祝福されるか

東京大准教授 伊達聖伸氏

時事評論2021年7月30日 11時00分

宗教学には祭についての分厚い研究蓄積がある。オリンピックを宗教研究の観点から論じることも可能だろう。フランスのクーベルタンが発案した近代オリンピックは、ライシテの時代の世俗宗教だという命題を立ててみることができる。

オリンピック憲章という教義を備え、総本山IOCをローザンヌに構え、神的な能力を持つアスリートたちと観衆を競技場に集め、競技という実践を通して集合沸騰をつくり出す脱宗教的な宗教。スポーツマーケティングを専門とするリヨン大のギヨーム・ボデは、オリンピックは何よりも儀礼と祝福だと指摘する。

ユニヴァーサル志向のオリンピックの歩みは現代史に重なる。最初は女性や植民地出身者が排除されたが障碍者を対象とするパラリンピックも開催されるようになった。国際政治に左右され巨大資本が動くイベントは、きれいごとばかりではない。国家の威信をかけての開催という性格をなお色濃く持ち、グローバル化の進行につれて格差が拡大し、環境問題も深刻度を増すなかで、この行事のあり方を根本的に見直すべきという声も出てきている。

こうしたなか、準備段階から問題が続出し、炎天下のコロナ禍で緊急事態宣言が発令されている状態のまま開催強行に至った今回の東京オリンピック・パラリンピック。「ダイヴァーシティ&インクルージョン」(D&I)を謳っているがそれはあくまで主催者側が考えるD&Iであって、実際にはエクスクルージョン(排除・隔離)を前提としている。どういうことか。

かつて柳田國男は、日本の祭の一大転機は、信仰を共有しない人びとが審美的な観察者として祭に参加するようになった点にあると指摘した。観客の存在が伝統的な祭を近代的にしたとすれば、今回の東京大会の特徴は無観客であることに象徴されている。

たしかにテレビ視聴者は多いだろう。だが開催直前の世論調査では開催反対が賛成を上回っていた。人のまばらな競技場は、開催強行が排除に基づいていることを奇しくも可視化し、もはや集合沸騰には加わることのできない人たちの存在の大きさを暗示している。

1964年の東京オリンピックの時期に書かれた大江健三郎『ヒロシマ・ノート』をコロナ禍で再読すると、カミュ『ペスト』からの影響に目がとまる。広島とその悲惨を忘れたがっていた日本の熱狂に批判的な作家は、それでも原爆投下の日に広島で生まれた青年が開会式で聖火の最終ランナーとしてスタジアムを疾走するのを見て、「人間そのものの強靭さ」に感銘を受け、「この青年のすばらしい肉体を祝福した」。

2021年の大会では、東日本大震災で被災した三県の子ども6人から聖火を受け継いだ大坂なおみが聖火台に火を灯した。「復興五輪」とD&Iの象徴としてこの7人を選んだのが主催者側の意図だったのは間違いない。だが、それはどれだけ感銘を与え、祝福を呼びうるものだったろう。

天皇陛下はコロナ禍での開催を踏まえ、これまで「祝い」と訳されてきたcelebratingを「記念する」に代えて開会宣言した。国民統合の象徴として、「祝福」するとは言えなかった逡巡に、D&Iの意味の掘り下げが感じられる。

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