仏カトリック教会と性暴力 制度改革に着手できるか
東京大准教授 伊達聖伸氏
去る10月5日、フランスで「教会における性的虐待についての独立委員会」(CIASE)が最終報告書を提出した。1950年からの70年間で21万6千人もの子どもたちがカトリックの聖職者による性暴力の被害を受けてきた。聖職者ではない教育者などの教会関係者も含めれば、被害者数は33万人に膨らむ。加害者である聖職者は約3千人と推計され、これは調査対象時期の累計聖職者数全体の約3%に相当する。
聖職者の小児性犯罪は2000年頃からスキャンダルとして報じられていたが、原因はごく一部の聖職者の個人の資質とされてきた。だが、10年代後半以降は教会組織の構造的問題との認識が広まった。性暴力を振るった聖職者当人のみならず、隠蔽体質のある教会当局にも厳しい批判が向けられるようになった。
こうした状況を受けて、元国務院副院長ジャン=マルク・ソヴェを委員長とする第三者委員会CIASEが18年11月に設置された。心理療法家や社会科学者、教会法の専門家など22人の委員が教会での性的虐待の問題に取り組み、2年半の調査の結果をまとめた。
人口統計学者である委員は、約1600人の被害者を対象に質問紙調査をし、さらに対面調査へと進んだ。インタビューに応じた69人のうち45人は被害を受けた時点では未成年だったが、残りは成人に達していた。後者はおもに修道女である。フランスで性暴力の被害を受ける場所は女性の場合は家庭、男性の場合は教会の割合が最も高く、教会における性的虐待は「小児性愛」の名で語られることが多いが、成人女性も被害者に含まれることを見落としてはならない。
宗教学者である委員は、教会のアーカイヴ調査を行なった。被害報告件数は、カトリックの影響力の強い地域よりも、宗教的実践の度合いが低い教区のほうが多い。後者では被害を受けた感度が高くなるのに対し、前者では必ずしも報告がなされない様子がうかがわれる。文字情報としては残されず、口頭で解決がはかられたケースもあったかもしれないと推測される。
人類学者・社会学者の委員は、主要紙やテレビ番組を対象としてメディア報道を検証している。また、被害者の証言とCIASEに寄せられたメールや手紙を分析している。そのうえで、聖職者には告解の秘密を守る義務があるがフランス刑法は性暴力に関する報告義務を課していると明言し、共和国の法律が教会法に優先することを教会に注意喚起している。
ソヴェ委員会報告書の提言には、被害者への補償も含まれている。過去に受けた傷について証言できるのは、学歴が高く社会的地位が安定し、被害を受けたあとも教会との関係を維持してきた者が多い。語られた証言に耳を傾けると同時に、語ることのできない人びとにも想像力をはたらかせる必要があるだろう。
聖職者による性暴力は、教会における女性の役割や聖職者の独身制などの問題ともつながっている。CIASE報告書を受けてフランスのカトリック教会は制度改革に着手できるのか、それとも報告書提出をアリバイとしてスキャンダルの幕引きをはかるのか、このあとの動きも注目される。