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親ガチャという不幸 「宿命論」的人生観の構図

北海道大教授 櫻井義秀氏

時事評論2021年11月12日 10時43分

タイトルを書いた際、思わず、親ガチャという「不孝」と書きかけた。

ガチャポンという100円を入れておもちゃが入っているカプセルを取り出す自販機がある。何が入っているかわからない。運試しのスリルによって幼児に何回でも親に小遣いをねだらせるたちの悪い玩具である。そのほか、スマートフォンのソーシャルゲームなどで、アイテムを抽選によって購入させる仕組みをガチャというのだそうだ。ガチャとは、運不運の隠語である。

たまたまお金持ちの親にあたった。ラッキー。貧乏な親にあたった。残念、という若者の嘆きが「親ガチャ」の由来。「うーん。親不孝ではないかな」とおしんの時代を生きた老母を持つ高齢者として嘆息した。

筑波大の社会意識論を専門とする土井隆義は「若年層に拡がる『宿命論』的な人生観」(現代ビジネス9月7日)と批評した。①若年層では相対的貧困率が上昇し、それを反映して「努力しても報われない」と諦観を抱く人も増えた一方、7割が生活に満足しているという意識調査がある。

この結果は、②諦念によって人生の目標が下がれば、現状との差異にいらだち不満も持つこともないのではないか。③親ガチャという経済格差に加えて、容姿ガチャや能力ガチャなどの言葉も出てくる背景に、出生の運不運に囚われ、人生の運試しに踏み出さない若者の消極性が感じられ、同時に、④社会的資源の配分の不公正を是正できるという政治的有効性感覚(投票行動)の欠如がより拍車をかけているのではないか、とまとめている。

「親ガチャという不平等」(朝日10月14日)で、土井に加えて都議会議員の五十嵐衣里が、「頑張れば」は頑張れない環境にある人には呪いの言葉にしかならないと述べた上で、恵まれない家庭の子ども支援を強調した。哲学者の森岡正博は、人生は勝ち負けでは語れないし、自分の人生しか生きられないのだから、自分の運命と和解し主体的に生きようと呼びかけた。

私は土井の分析に賛同するが、森岡の感覚に近い。出産ガチャという言葉すらあり、障がい児が生まれることなのだそうだ。出生前診断の普及とも関係するだろうが、「ガチャという不平等」の問題設定には、そうではない、と言いたい。

生老病死という人間の発達課題において人には選択できないことがある。子は親を選べないし、親も子を選べない。災禍や病は善行の人にもおそいかかる。障がい児を持った親や兄弟姉妹がどれだけの覚悟と人生をかけて生涯努力し続けているのか、私たちはもっと知らなければいけない(児玉真美『私たちはふつうに老いることができない―高齢化する障害者家族』大月書店、2020)。苦しみだけでなく、ホッとするひとときや喜びもある。

しかし、社会保障の充実で苦悩は軽減できる。ガチャを不平等と捉えても平等化しえない運命的なものはある。それを不運と諦めるのではなく、苦しみの存在を認め、苦悩を負う人に共感しつつ、孤立する人に支援する道筋を探してきたのが現代の福祉社会である。

親ガチャという発想が不幸である。若者が前を向けるよう中高年がしっかりしないと。

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