PR
購読試読
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
第16回「涙骨賞」を募集
PR
第16回「涙骨賞」を募集 中外日報宗教文化講座
第15回「涙骨賞」受賞論文 本賞

現代の「マリア観音」と戦争死者慰霊

―硫黄島、レイテ島、グアム島、サイパン島の事例から―

君島彩子氏
1.3 《マリア観音》と「名誉の再会」

《聖観音菩薩坐像》が戻されたことで、約20年間にわたり代役を努めたアメリカ製の「得体の知れない像」は、その功績をたたえ、付近に台座を作り安置することになった。

1979年1月、和智はこの像を《マリア観音》と名付けた。台座に十字架を刻み「マリア観音」と揮毫し、アメリカ沿岸警備隊の手によって厨子へ納められた。1月26日に自衛隊とアメリカ沿岸警備隊が臨席するなか、天台宗の作法で和智による開眼供養が行われた。法要の後の式辞で和智は以下のように語っている。

Eye witnessing these two statues representing Christianity and Buddhism standing side by side, I sincerely wish and pray that our departed soldiers, both Americans and Japanese, on the island may rest in permanent peace under the guidance of your God and Buddha1616硫黄島協会1979『会報』(10)、p.125。.

和智はアメリカの用意した「得体の知れない像」を、「マリア観音」と名付けることによって、キリスト教徒の多いアメリカ軍と仏教徒の多い日本軍、双方の戦争死者慰霊の象徴とした。

法要に出席したアメリカ沿岸警備隊ロラン局のハルトン中尉は、「マリア観音がキリスト教と仏教との合作した像であることが分かった。私はタイ人の女性と結婚しているので、自分はキリスト教徒、妻は仏教徒なので自分の家庭はこのマリア観音みたいなもの」と述べている1717硫黄島協会前掲1979、p.265。。和智もまた妻がカトリック信徒であったことから、仏教とキリスト教の融合を考えていたのかもしれない1818和智は亡くなる直前に洗礼を受けカトリック信徒となっている。。さらに仏教とキリスト教の協力は個人レベルを超え、日米の友好を象徴するものとして大きな意味をもつことになった。

和智の硫黄島での活動は「名誉の再会」という形として実を結んだ。1985年2月、アメリカ退役軍人と遺族約270人、日本側の戦友と遺族約100人が、硫黄島で一堂に会し合同慰霊祭が行われた。和智と牧師のパサネムによる慰霊が行われ、軍楽隊が両国の国歌を吹奏し、レーガン大統領からのメッセージが読み上げられた。その後、両国の遺族の女性が互いに近寄って抱き合い、身につけている物などに思いのたけを託して交換しはじめた。それを見て元軍人の男性同士も近づき、最初はやや躊躇しがちに握手したが、やがてがっちり抱き合うと泣き出した。

退役軍人の祖父と硫黄島を訪れたマイケル・ジャコビーが、レーガン大統領宛てに書いた手紙が「平和への手紙コンテスト」で大賞となったことで、「名誉の再会」はアメリカで大きく報道された1919『朝日新聞』(1987年2月9日)。。日本でも英語の教科書で紹介され、「名誉の再会」は平和学習の題材になっている。

ジャコビーが書いた手紙にも「Buddhist priests」と「American clergymen」として象徴的にその姿が書かれているように2020『Los Angeles Times』(1987年1月4日)。、この感動の再会は和智による演出が大きかった。和智とパサネムは事前に打ち合わせをし、まず「僧侶」と「牧師」が象徴的に抱擁することで、双方の出席者が歩み寄るきっかけをつくったのである2121上坂前掲1993、pp.242-243。

仏教僧となった和智は、「得体の知れない」というネガティブな印象の像を、「マリア観音」と名付け、日本軍とアメリカ軍、双方を平等に慰霊した。その6年後の「名誉の再会」で慰霊を行ったのはプロテスタントの牧師であるため、聖母マリアのイメージは重視されてはいないものの、《マリア観音》と同様に仏教とキリスト教という二つの宗教によって「敵と味方の友好」を象徴するものであった。

現在、硫黄島に民間人が立ち入ることができるのは、慰霊渡航や遺骨収集など限られた機会のみである。このため硫黄島に《マリア観音》が建立されていることは、ほとんど知られていない。だが日本兵の遺骨や観音像に対しても敬意がはらわれることはなかった時代を経て、「名誉の再会」へとつながった硫黄島の戦後史において、仏教とキリスト教、日本とアメリカの友好を象徴する《マリア観音》は一定の意味をもつものと言えるだろう。

  • 中外日報採用情報
  • 中外日報購読のご案内
  • 時代を生きる 宗教を語る
  • 自費出版のご案内
  • 紙面保存版
  • エンディングへの備え― 新しい仏事 ―
  • 新規購読紹介キャンペーン
  • 中外日報お問い合わせ
中外日報社Twitter 中外日報社Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加