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第15回「涙骨賞」受賞論文 本賞

現代の「マリア観音」と戦争死者慰霊

―硫黄島、レイテ島、グアム島、サイパン島の事例から―

君島彩子氏

秋田は、知人を通じて芝に連絡し、「サイパンの平和のシンボルを作って欲しい」とグアムの《マリヤ観音》と同じ形状の像の制作を依頼した4646秋田新隆氏からの聞き取り(2014年12月6日)。。基本的な造形はグアムの《マリヤ観音》と同じであるが、《慈母観音(マリア観音)》はブロンズ像で、ややふくよかな姿となっている4747『神戸新聞』(1988年8月4日)。『朝日新聞』(1988年9月23日)。

南溟堂は、基礎部分以外は木造、六角形の寺院風の建築で、仏具等も日本の寺院と同じものを使用している。関係する僧侶の多くが禅僧だったこともあり、坐禅ができるよう一部が高床の畳敷きになっている。更に天井には梵鐘がつりさげられ、参拝者は鐘をつくことができる。

1990年10月に行われた落慶法要では、大導師を谷耕月(臨済宗妙心寺派、正眼寺住職)が勤めた。導師は秋田と嶋野栄道(ニューヨーク大菩薩禅堂住職)が勤めたこともあり、日本国内だけでなく、ニューヨーク、シアトルから400人の参列者が集まった。

この落慶法要の様子は地元の新聞で以下のように伝えられている。

This offering was dedicated to Maria Kannon which accordingly "transcend all religions". Maria Kannon is equivalent to Catholic "Virgin Mary" who reflects the principle of love and just as the Buddhist reflects the principle of Mercy. With her Love and Mercy. Maria Kannon stands in harmony with both religions and salvation to all peoples.4848『Marianas Review』(1993年3月14日)

「すべての宗教を超越」する「マリア観音」という新しいイメージが、現地の人々にどの程度理解されたのかは分からないが、仏教における「観音」とカトリックの「聖母マリア」というダブルイメージによって平和を祈ることが強調されている。

4.3 平和を祈る場所としての南溟堂

落慶から数ヶ月後、スリランカ出身の僧侶コンダーニャが南溟堂に駐在するようになると、現地の人々が南溟堂を訪れ《慈母観音(マリア観音)》に手を合わせた4949『静岡新聞』(1990年6月14日)。。その後、秋田がハワイからサイパンに移り住み南溟堂の住職となった。英語の堪能な老師に会うため、仏教に関心のあるサイパン在住者が南溟堂を訪れた。さらに戦友会や遺族会、そして曹洞宗の関係者が日本から訪れている5050『SOTO禅インターナショナル』(45号、2011年1月、p.5)。

当初南溟堂には、本尊として《慈母観音(マリア観音)》のみが祀られていたが、2010年、仏師の栗原嘉一が制作した木製の《梅花観音》と《阿弥陀如来》が脇侍として加えられた。《梅花観音》は、曹洞宗の御詠歌の講である「梅花講」の番外霊場がサイパンに作られたため安置された。またサイパン島で亡くなった戦争死者は中部地方の出身者が多く、岐阜県の遺族関係者から、岐阜県は真宗門徒が多い事から阿弥陀如来を祀って欲しいと要望があり《阿弥陀如来》が安置された5151秋田新隆氏からの聞き取り(2014年12月6日)。。こうして、《慈母観音(マリア観音)》を本尊に《梅花観音》と《阿弥陀如来》を脇侍とする南溟堂独自の三尊が完成した。

2011年、83歳になった秋田は日本に帰国した。その後、南溟堂は秋田の知人でマリンスポーツの仕事を行なっている波上華子、スケッシュ・バーマン夫婦が管理を行なっている。シュガーキングパーク自体は、北マリアナ自治政府の土地であるため、周辺の樹木や芝の手入れなどは行政が行っているほか、近隣の住民で掃除などを行っている者もいる。

グアムと比べてサイパンは年々日本人観光客が減少している。芳名帳で確認する限り、南溟堂の訪問者は1ヶ月に数名だけである。だが芳名帳には、日本語だけでなく様々な言語によって平和を願うメッセージが書き込まれている52522011年〜2015年の芳名帳を全て確認した。いくつかをあげると、「世界が平和になりますように 戦争反対」、「世界中に平和が訪れますように」、「May those who have passed away rest in peace.」、「May these beautiful lauds and all others crowd the world be blessed by peace」、「Peace and Justice for everyone」、「Peace Forever (a lot)」、「Peace in allover the world!」、「Pray for “NO WAR”」、「I pray for peace some happiness. Thank you.」、「世界和平 百姓平安」などである。

観光客の少ない南溟堂であるが、聞き取りの結果、地域住民から好意的に受け入れられているようである。子供を抱く母の像が中心に置かれていることから、日本人が建てた日本様式のカトリック教会であると思っている者もいる。またボランティアで南溟堂の掃除を行っていた近隣に住む退役軍人の男性は、親しみを込め《慈母観音(マリア観音)》を「MAMA」と呼んでいた5353南溟堂周辺で行なったシュガーキングパークの樹木の伐採を行なっていた作業員および近隣住民5名からの聞き取り(2014年11月11日〜13日、2015年12月13日〜15日)。。芳名帳には「Thank You Mama! Bless Me!」というメッセージも書き込まれており、母子像であることで《慈母観音(マリア観音)》が好意的に受け入れられたと言えるだろう。

管理を行なっている波上、バーマン夫妻も、戦争死者の慰霊施設というよりもスピリチュアルな場所として南溟堂を捉えている。波上は、南溟堂を管理していることで「神様との繋がり」を感じるようになったと述べている。またバーマンはインド出身で、ヒンドゥー教徒であるが、南溟堂について「とてもスピリチュアルな場所で、あそこに行くとパワーが満ちている」と語っており、ヒンドゥー教寺院よりも南溟堂で瞑想することが多いという5454波上華子氏とスケッシュ・バーマン氏から聞き取り(2015年12月13日、14日)。

現在、サイパン島の北部には韓国系の仏教寺院があるため、仏教的な祈りの場を求める人々はこの寺院を訪れる。無住となった南溟堂は、特定の宗教の文脈ではなく、個人的なスピリチャリティや、普遍的な平和に対する祈りの空間として捉えられ、母性的な姿の《慈母観音(マリア観音)》はその中に位置づけられている。このため「マリア観音」は、全ての戦争死者を慰霊するという文脈よりも、より普遍的な平和を祈る対象として捉えられている。

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