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現代の「マリア観音」と戦争死者慰霊

―硫黄島、レイテ島、グアム島、サイパン島の事例から―

君島彩子氏
おわりに ―現代における「マリア観音」の役割―

本稿では、硫黄島、レイテ島、グアム島、サイパン島の4体のマリア観音について論じてきた。グアム島の像を模したサイパン島の《慈母観音(マリア観音)》を除けば、個々の像は無関係に制作されたものであり、像の素材や形状も大きく全く異なっている。また安置されるまで関わった団体や宗教者、そして参拝者も異なっており、聖母マリアと観音のダブルイメージによる「マリア観音」という名称以外の共通点を探すことは難しい。

硫黄島、レイテ島、グアム島、サイパン島の4島はアジア太平洋戦争で多くの人々が亡くなった激戦地であるため、戦争死者慰霊がマリア観音発願の動機となった。だが《平和観音》に代表されるように、マリア観音が発願される以前から4島には戦争死者慰霊する観音像が建立されていた。観音像に求められた戦争死者慰霊の祈りを、仏教徒以外の人々へ拡大するため、キリスト教の要素を取り入れたマリア観音の像が求められた。このような背景から生み出されたマリア観音は、特定の教義によって位置づけられるものではなく、個々の地域でオルタナティブな存在として求められた側面もある。

結果として《マリア観音》となった硫黄島の像は、日本兵とアメリカ兵、双方の戦争死者を平等に慰霊する像となった。レイテ島の《Madonna of Japan》は、地域の人々から日本の聖母マリアとして受容され、日本とフィリピンの友好のしるしとなった。グアムでは、地元の神父の働きかけによって《マリヤ観音》が完成したこともあり、仏教とキリスト教の協力が強調され、その友好のイメージは「マリヤ観音フェスティバル」という名称に引き継がれている。状況は異なるもののマリア観音は、日本以外の地域の人々との友好を象徴する存在となった。

また多くの民間人犠牲者を出したサイパン島では、「子供を抱く母の姿」であることでマリア観音が地域住民から好意的に受け入れられた。戦争死者慰霊のマリア観音においても、隠れキリシタンの信仰対象であったマリア観音と同様に、母性的な造形であることが重要な意味をもつことがあった。

全てのキリスト教徒が聖母マリアを信仰対象としておらず、さらに仏教とキリスト教以外の宗教を信仰している者も多く、マリア観音では全ての戦争死者を慰霊するには不十分であるという考え方も出来るであろう。また戦争の記憶を明確に伝えるためには具体的な記録を残す必要があり、マリア観音のような視覚イメージが後世に伝えることには限りがある。だが戦後、日本人が海外に建立した慰霊碑や記念碑、そして仏像の中で、日本人以外の戦争死者を慰霊するものが少ないことを鑑みれば、誰もが祈ることを目指したマリア観音は、平和活動へつながるものと捉えられる。平和を祈って発願されたマリア観音は、立場の異なる人々が同時に祈る場所を提供し、祈りを通して生まれた様々な交流は、広い意味で平和に貢献する活動と言えるであろう。


  1. 主要辞書で「マリア観音」は以下のように解説される。『広辞苑』「隠れキリシタンが江戸時代、中国渡来の白磁の観音像を聖母マリアの代用として、ひそかにあがめたもの」。『大辞林』「江戸時代に、隠れキリシタンがひそかに崇敬した、観音像を聖母マリア像に擬したもの」。『大辞泉』「江戸時代、隠れキリシタンが聖母マリアに擬してひそかに崇拝の対象とした観音像」。
    マリア観音の研究では、「民衆による聖母マリアと観音の混同」(高田茂1970『石のマリア観音耶蘇仏の研究』立教出版会)、「観音の応身としての聖母マリア」(藤原暹1977「辺土仏「マリア観音」の深層」『季刊日本思想史』(3)、ペリかん社、pp.51-65)、「東アジア型の聖母マリア像」(若桑みどり2008『聖母像の到来』青土社)等の見解もあり、「見立て」という定説だけで隠れキリシタンの崇拝対象としてのマリア観音を論じることは難しい。
  2. 永山時英が『切支丹史料集』(1927)において、帝室博物館に収蔵されたキリシタン信徒から押収史料を分類するために「マリア観音」の名称を用いたのが初出とされる(越中哲也1999「長崎文化考 其の一」『長崎純心大学博物館研究』(7)p.9)。また芥川龍之介の『黒衣聖母』(1920)には「麻利耶観音」という名称が用いられている。
  3. 日沖直子2018「マリア観音」大谷栄一・菊地暁・永岡崇編『日本宗教史のキーワード――近代主義を超えて』慶應義塾大学出版会、pp.62-68。
  4. 大正期から昭和初期にかけて下村観山、荒井寛方、堂本印象等が、聖母マリアと観音像が融合したような絵画を手がけている。
  5. 遠藤周作1967「父の宗教・母の宗教――マリア観音について」『文芸』(1)pp.234-239。
  6. 若桑前掲2008、pp.381-383。坂本貴志2015「豊穣の女神とマリア観音」中村靖子編『虚構の形而上学』春風社、pp.49-77。
  7. 真崎翔2015「戦後日米関係を背景とした硫黄島戦没者遺骨収集事業の変遷」『小笠原研究年報』(39)pp.21-36。
  8. 上坂冬子1993『硫黄島いまだ玉砕せず』文藝春秋、pp.56-57。
  9. 『読売新聞』(1952年1月25日)。
  10. 西村明2012「いのちのリハビリテーション――遺骨収集と戦地慰霊への宗教者の関わり」『宗教情報センター』http://www.circam.jp/columns/detail/id=3756(2018年3月10日閲覧)。
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