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キリストを着る

―原始キリスト教の洗礼における衣服・ジェンダー・権力―

大川大地氏
おわりに

以上の論考を簡単にまとめる。原始キリスト教の洗礼定式における「キリストを着る」という着衣メタファーは、おそらくは実際に衣服の着脱を伴った洗礼実践を背景のひとつとして形成されたものである。古代地中海世界において、衣服とは、民族・身分・性別をめぐる権力構造が複雑に絡み合う舞台ないし装置であった。その衣服を脱ぎ捨てるという行為によって、原始キリスト教の洗礼は、これらの社会的な二分法の克服を儀礼的に演出したのである。その際、この演出はキリスト教徒/異教徒という新しい二分法を確かに生み出す。しかしこの「新しい二分法」は、未だ社会的な二分法を克服していない「古い世界」と、少なくとも理念的にはそれを克服した(あるいはそれを克服しようと努力する)「新しい人」としての自らの共同体を区別するという意味においてのみ、この社会的二分法の犠牲となる立場のキリスト教徒に解放的な意味を持ったであろう。洗礼において実践された実際の衣服の着脱行為と、洗礼定式において表現される「キリストを着る」という着衣メタファーによって、彼ら/彼女らは、権力規範に対して「闘う衣服」を身にまとい、規範にしばられるのではない「ほんとうの自分」を模索することができたからである。

原始キリスト教の洗礼定式は、キリスト教会では今なお多くの教会で洗礼式に際して朗読される代表的聖書箇所のひとつであり続けている。つまり、原始キリスト教の洗礼定式は、未だに民族・身分・性別をめぐる二分法と複雑な権力構造から脱することができていない現代社会と教会を生きるキリスト者にとって、「マグナカルタ」であり、「行為遂行的発言」であり続けているのである。民族・身分・性別の彼方にあるキリストを着た新しい人という理念は、儀礼的な演出を具体的な現実へと変える行動を、キリスト者にも要求するであろう。「君たちは今や新しい人になり、それにふさわしく行動することが義務付けられている」6060v. Gemünden, “Die urchristliche Taufe,” 230.


  1. P. v. Gemünden, “Die urchristliche Taufe und der Umgang mit den Affekten: Zur Ritualisierung von Affektkontrolle im Urchristentum,” in eadem., Affekt und Glaube: Studien zur Historischen Psychologie des Frühjudentums und Urchristentums, NTOA 73 (Göttingen: Vandenhoeck und Ruprecht, 2009, 226-247), 226. 傍点は引用者、原文のイタリックによるそれは省略した。
  2. 山口里子『虹は私たちの間に――性と聖の正義に向けて』新教出版社、2008年、290頁。
  3. たとえば、ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシャ哲学者列伝』1.33を参照。そこには次のようにある。「フォルトゥーナーに対して感謝すべきことが3つある。1つは、私が獣ではなく人間として生まれたこと。1つは、私が女ではなく、男として生まれたこと。1つは、私が野蛮人ではなくギリシャ人として生まれたこと」。
  4. S・ブリッグス「ガラテヤの信徒への手紙」(大嶋果織訳、E・S・フィオレンツァ〔編〕『聖典の探索へ――フェミニスト聖書注解』〔絹川久子・山口里子監修〕、日本キリスト教団出版局、2002年、173-186頁)、173頁。
  5. ガラテヤ書3章[26]27-28節が原始キリスト教の伝承ないし定式に属することについて、以下の論考を参照。H. D. Betz, Galatians, Hermeneia (Philadelphia: Fortress Press, 1979), 181-185; D. R. MacDonald, There is no Male and Female: The Fate of a Dominical Saying in Paul and Gnosticism (Philadelphia: Fortress Press, 1987), 5-14; W. A. Meeks, “The Image of the Androgyne: Some Use of a Symbol in Earliest Christianity,” (History of Religions 13, 1974, 165-208), 180-182; D. J. Moo, Galatians, BECNT (Grand Rapids: Baker Academic, 2013), 252-255; E・S・フィオレンツァ『彼女を記念して――フェミニスト神学によるキリスト教起源の再構築』(山口里子訳)、日本キリスト教団出版局、1990年、305-306頁; 荒井献『新約聖書の女性観』(岩波セミナーブックス27)、岩波書店、1988年、219-220頁; 山内眞『ガラテア人への手紙』日本キリスト教団出版局、2002年、564-569頁。浅野淳博は、該当箇所が「前パウロ伝承かパウロに起因するかは不明」(浅野『ガラテヤ書簡』〔NTJ新約聖書注解〕、日本キリスト教団出版局、2017年、310頁)とする。
  6. 原始キリスト教および新約聖書における洗礼についての最近の概説として、M. Öhler, “Neues Testament,” in idem. (ed.), Taufe, Tdt 5 (Tübingen: Mohr Siebeck, 2012), 39-82を参照。
  7. フィオレンツァ『彼女を記念して』、305頁参照。
  8. Betz, Galatians, 185を参照。
  9. A・C・ワイヤ『パウロとコリントの女性預言者たち――パウロの修辞を通して再構築する』(絹川久子訳)、日本キリスト教団出版局、1991年、260-261頁; 絹川久子「『洗礼告白』とパウロの女性観」(倉松功ほか〔編〕『知と信と大学――古屋安雄古稀記念論文集』ヨルダン社、1996年、394-435頁)、402頁; 山内『ガラテア人』、567-569頁を参照。
  10. とくに、Betz, Galatians, 200; MacDonald, no Male and Female, 63; Meeks, “The Image of the Androgyne,” 135ff.
  11. ワイヤ『女性預言者たち』、263頁。フィオレンツァ『彼女を記念して』、309-310頁も参照。その際、v. Gemündenの言うように、ガラテヤ書3章28節における、「~も~もない」(οὐκ……οὐδὲ……)から「~と~はない」(οὐκ……καὶ……)への変化は、意図的に文体に変化を与えるためのものか、創世記1章27節の暗示だと考えられる(v. Gemünden, “Die emotionale Frau und der vernünftige Mann? Die Affekte und der Logos in ihrer Zuordnung zu den Geschlechtern in der Antike: Ein Kapital Historischer Psychologie,” in eadem., op. cit., 138-159, here 158)。
  12. 浅野『ガラテヤ書簡』、314頁。
  13. v. Gemünden, “Die emotionale Frau,” 158.
  14. Meeks, “The Image of the Androgyne,” 182.
  15. 「行為遂行的発言」とは、よく知られているように、イギリスの哲学者J・L・オースティンの用語である(Meeks, “The Image of the Androgyne,” 182は脚注79でその名前にだけ言及している)。オースティンは当初、「行為遂行的発言」を、単に事実を報告する「事実確認的発言」と対置させて次のように定義した。すなわち「行為遂行的発言」とは、「その発話を発することが行為の遂行であること――通常はたんになにかを言うだけとは見なされないこと――を示唆する」発言のことである(オースティン『言語と行為――いかにして言葉でものごとを行うか』〔飯野勝巳訳〕、講談社、2019年、21頁)。もっとも、オースティンは同一の著作の中で(元来は連続講演)「事実確認的」と「行為遂行的」の区別を撤回した。「事実確認」と「行為遂行」は、発話行為の二つの種類ではなく、むしろあらゆる発話行為に備わる二つの側面であることが彼に認識されたからである。従って、一見すると全くの事実確認的のように思われる発言にも、行為遂行的な契機が備わっている。以降筆者は(Meeksに倣って)、本稿が扱う「洗礼定式」を指してたびたび「行為遂行的発言」という用語を用いるが、これはオースティンの発話行為理論を「洗礼定式」の解釈に厳密に適用することを目指しているのではない。この用語を用いることによって(オースティン自身が「行為遂行的」という用語を放棄したのだとしても)、「洗礼定式」がそこに述べられている事柄の達成を原始キリスト教の共同体に要求したという機能を強調したいのである。

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