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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
第18回「涙骨賞」を募集
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第18回「涙骨賞」を募集 翠雲堂
第17回「涙骨賞」受賞論文 本賞
うえの・ようへい氏=1984年生まれ。福岡県出身。上智大大学院実践宗教学研究科修士課程修了(死生学専攻)。現在、同大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程在籍(地域研究専攻)。専門は死生学、宗教人類学。著書に『ルポ・アフリカに進出する日本の新宗教』(花伝社、2016年)など。

近代フランスにおける仏教受容の一様相

― 神智学、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール、ロブサン・ランパ

上野庸平氏

1.現代フランスと仏教

(1)はじめに

1925年に「キリスト教時代の終わり」と題されパリで発行されたLa Révolution surréaliste(シュルレアリスム革命)第3号は「Adresse au Pape(教皇への上奏文)」と「Adresse au Dalai Lama(ダライ・ラマへの上奏文)」という二連の詩が掲載され、古く思考を束縛する教条主義的なキリスト教への決別と精神的自由の求めがダライ・ラマへの帰依として表明されている。

我々は忠実な僕にあります。おお、偉大なるラマよ。あなたの光をわれらに注ぎ給え、欧州人たちによって汚された我らの精神が理解できるような言葉で。また必要とあれば我らの精神を変えてください、人間の精神がもはや苦しむことのない完全な頂点に向かう精神に我らをならしめ給え11“Adresse au Dalai Lama,” La Révolution surréaliste, 15 avril 1925, 17.

シュルレアリストたちのダライ・ラマや仏教に対する認識の学術的な根拠はともかく、およそ彼らが「ダライ・ラマ」や「仏教」の語彙に感ずるままに筆を走らせた結果、彼らがヨーロッパの古い社会やカトリック教会の桎梏から精神の自由を得るという願いの成就を「ダライ・ラマ」や「仏教」という単語に仮託したということは確かに言えるだろう22石濱裕美子『世界を魅了するチベット』三和書籍、2010年、236頁。。20世紀前半の前衛的なフランスの思想家たちは自身の精神的「求め」を見知らぬ遠い東洋の宗教に投映したのであった。

それから約100年後の今日、フランスでは最大で30万人とも100万人とも言われる仏教者がおり33仏教に改宗した者や仏教者を自認している者、寺院で行われるイベントや講演に時折通うだけの者など、雑多な信仰形態を含む。、仏教にシンパシーを感じるフランス人は500万人にも上ると言われている44Dennis Gira, “ L'«Inculturation» du bouddhisme en France,” Études, no. 4156 (décembre 2011): 647-48.。今日、仏教に魅せられるフランス人の多くは前世紀の初めにシュルレアリスムの思想家が叫んだように古く教条主義的なキリスト教や既存の価値観から離れ、自由で個人主義的な仏教の精神性に心の求道の場を見出している55Frédéric Lenoir, Le bouddhisme en France (Paris: Fayard, 1999), 259.

(2)欧米社会の仏教の受容のフェーズ

フレデリック・ルノワールによれば、フランスをはじめとする今日の西洋社会における仏教受容、仏教と西洋の「歴史的出会い66西洋において「学術研究に基づいて明確に仏教を同定すること」と「仏教に対する人々の集合的記憶の形成」がなされることを指す。フレデリック・ルノワール『仏教と西洋の出会い』今枝由郎・富樫瓔子訳、トランスビュー、2010年、9頁。」は19世紀初頭に始まり、①それから神智学協会がアメリカで設立された1875年まで、②1875年から対抗文化隆盛の1960年代、③1960年代からダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した1989年、そして④その以後の4つの時期に大別される77ルノワール、前掲書、9頁及び章立て。

現在の直前期である③期(1960年代から89年までの間)に起こったのは、仏教が具体的な信仰実践の形を伴って欧米社会に提示されたことであった。つまり、1959年のチベット動乱により、僧侶を含む多くのチベット人が欧米に亡命して、チベット仏教が具体的な仏教実践者の姿をもって知られるようになり88Lionel Obadia, Le bouddhisme en Occident(Paris: L'Harmattan, 1999), 117.、ティク・ナット・ハンの「社会参画仏教」にて大衆による平和運動・社会活動がなされ、1967年からは禅僧の弟子丸泰仙991914~1982。実業家出身の曹洞宗の僧侶。1967年にフランス語も一切しゃべれぬまま単身渡仏し、禅の布教に従事した。がフランスを中心に欧州全土で禅の布教活動を行い、約10年間の間にフランスで約30カ所、欧州全土やマグレブ諸国で60数カ所の道場を作り、10万人以上の信徒を獲得した1010伊藤維朗「ヨーロッパ開教の現況について―弟子丸老師のご報告をもとに」『大乗禅』56巻9号、1979年、6-14頁。のがこの時期に生じたことであった。当時に仏教に参入した者たちは、1968年の五月革命により政治に失望し、カウンターカルチャーの隆盛とともに新しい心の革命として仏教に参入した青年層や、神秘性への精神的求めをより理性化したいと望んだ近代オカルティズムの信奉者であったという1111Bruno Etienne et Raphaël Liogier, Etre bouddhiste en France aujourd’hui ( Paris: Hachette Littérature, 2004), 70.

それまで学術上の、または想像上の存在でしかなかった「仏教」が、ポストモダンの文脈でフランスの大衆レベルにようやく降りて来たこの時期を経て、今日、多くの仏教諸宗派の中でもとりわけ多くのフランス人信徒を獲得しているチベット仏教と禅は、それぞれ例えばマチウ・リカール1212Mathieu Ricard:1946~。フランスを代表するチベット仏教の僧侶。やオリヴィエ・レイゲン・ワン‐ゲン1313Olivier Reigen Wang-Genh:1955~。弟子丸泰仙の弟子の一人でAssociation Zen Internationale(国際禅協会。弟子丸によって設立された曹洞宗系の団体)代表を務める。などいうフランス人の仏教徒知識人を輩出するまでに至った。20世紀前半にはシュルレアリスムの詩人達が空想で語り、自動書記で記していたに過ぎなかった仏教であるが、現在では99の宗派・寺院を連合する団体(UBF/Union des bouddhistes en France)1414UBFは1986年に設立された超宗派の仏教団体で、フランスで活動する仏教諸宗派をまとめる組織。UBFウェブサイト(https://www.bouddhisme-france.org)、2020年9月4日最終閲覧。の結成により組織化され、政府から公共放送での番組の枠を割り当てられるなど1515毎週日曜の8時半から15分の枠で1996年から放送されている。France2ウェブサイト(https://www.france.tv/france-2/sagesses-bouddhistes/)、2020年9月4日最終閲覧。、「フランス4番目の宗教」としてフランス社会に重きをなす存在として定着している1616フランスにおいて仏教は諸宗派を包括するUBFを1986年に結成したことで、カトリック、ユダヤ教、プロテスタントに次いでフランス政府と折衝する一元的な代表組織を持つに至ったことから「フランス4番目の宗教」と呼ばれることもある。

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