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宗教文化講座 翠雲堂
第17回「涙骨賞」受賞論文 本賞

近代フランスにおける仏教受容の一様相

― 神智学、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール、ロブサン・ランパ

上野庸平氏
(3)本研究の位置づけ

今日のフランス社会におけるこうした仏教の広まりは、上述のようにルノワールの時期区分でいうところの③期に仏教が宗教実践として大いに受容されたことがその前段階である。それでは、③期の前段階に西洋社会でなされたことと言えば、1875年の神智学協会の設立を皮切りに、③期に実践としての仏教を受容するための準備段階として、仏教に関する知的関心が高まったことであった。エドウィン・アーノルドの『アジアの光』(1879年)の刊行をはじめ、アルフレッド・シネットのEsoteric Buddhism(秘伝仏教)(1883年)、キップリングの『少年キム』(1901年)、ベアード・T.スポルディングの『ヒマラヤ聖者の生活探求』(1921年)やエヴァンズ・ウェンツによる『チベット死者の書』(1927年)、鈴木大拙のEssay in Zen Buddhism(禅仏教に関する試論)(1934年)など、大衆文学からノンフィクション、オカルト文学、学術書にいたるまで様々な領域で仏教が語られ、仏教に対する知的関心が深められた。さらに第二次大戦を経て1950年代になるとアメリカでビート・ジェネレーションの詩人による禅への関心が高まったかと思えば、ユングやフロムによって深層心理学と禅仏教との関連性が論じられた1717年号は全て原著の出版年。邦訳書がある場合は邦題を、ない場合は原題と訳を記した。

本論の論点は、②期の後半(20世紀前半~1960年)におけるフランスの大衆レベルにおける仏教受容の様相を、当時において西洋社会における大衆的な仏教受容・仏教認識の形成に深い影響を与えた神智学の認識枠組みから明らかにするというものである。

具体的には、当時の数々の仏教関連言説の中でも、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール(Alexandra David-Néel, 1869-1969)とロブサン・ランパ(Lobsang Rampa, 1910-81)という二人のフランスにおける仏教受容の二人のキーパーソンに着目したい。

リオネル・オバディアはダヴィッド=ネールを「フランスにおける最初のチベット仏教の真の擁護者1818Obadia, op.cit., 112.」とし、ルノワールも「神智学協会の共同設立者オルコットに続いて、何人かの西洋人が仏教を確信しようと試み、ヨーロッパにおけるこの「仏教近代主義」の熱心な推進者となろうとしていた。その中でももっともきわだった人物のひとりとして、フランスの女性探検家アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールが、異論の余地なく挙げられるだろう1919ルノワール、191頁。」としている。またセシル・カンペルグによれば、フランスにおける仏教は、②期の後半にアレクサンドラ・ダヴィッド=ネールとロブサン・ランパの諸著作によって大衆の関心が喚起され2020Cécile Campergue, “Le bouddhisme tibétain en France,” Histoire, monde et cultures religieuses, no. 25 (janvier 2013) : 140.、③の時期(1960年代以降)にいたったとされる。また、後述するが、ルノワールによれば、③期に仏教に改宗したフランス人の多くは、ロブサン・ランパの著作が仏教との出会いのきっかけであったという2121Lenoir, op.cit., 212, 260.

このようにフランス社会で人口への膾炙が深かったと論じられている両者であるが、本論においては特にそれぞれの代表的な著作である『チベット魔法の書』(1929年、原題:Mystique et Magiciens du Tibet)と『第三の眼』(1956年、原題:The Third Eye)の内容や反響を神智学に代表されるオカルティズムの観点から紹介し、両者が西洋(就中フランス)の仏教認識に与えた影響を論じて、戦間期から1960年代までのフランスにおける仏教受容の様相の一端を明らかにしていく。

本論で論じる神智学と近代仏教の関係については1990年代後半から研究が進み、従来はオカルティズムや心霊主義として見なされてきた神智学が、実は19世紀末以降の西洋社会における仏教受容やアジア諸国の仏教の近代化に大きな役割を果たしたという点が評価され、日本においても明治期の日本仏教や鈴木大拙の思想と神智学の関わりなどが論じられている2222例えばThomas A. Tweed, The American Encounter with Buddhism, 1844-1912 (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2000); Stephen Prothero, The White Buddhist: The Asian Odyssey of Henry Steel Olcott (Bloomington: Indiana University Press,1996); 佐藤哲朗『大アジア思想活劇』サンガ、2008; 吉永進一「オルコット去りし後――世紀の変わり目における神智学と“新仏教徒”」『近代と仏教』41巻、2012年; 末木文美士ほか編『仏陀の変貌』法蔵館、2014年; 中西直樹・吉永進一『仏教国際ネットワークの源流:海外宣教会(1888年~1893年)の光と影』三人社、2015年; 中西直樹・川口淳『欧米之仏教:大谷派改革運動と神智学』三人社、2019年など。また、科学研究費補助金(基盤研究(B))「神智学運動とその汎アジア的文化接触の比較文学的研究」(研究代表者、安藤礼二)(2014~2017年)の研究成果(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-26284054/)に詳しい。

しかしながら、そうした既存の研究が論じている時代は主に19世紀後半から20世紀初頭であり、今日仏教を包摂するニューエイジと神智学の思想系譜の連関が明らかになっている2323Wouter J.Hanegraaff, New Age Religion and Western Culture, Esotericism in the Miror of Secular Thought (New York: State University of New York Press, 1998), 518.にも関わらず、本論で論じるような20世紀前半から1960年(ニューエイジの直前)の間における神智学(的な認識枠組み)と西洋社会における仏教受容に関する論考は乏しかった。

本論が意図するのは20世紀前半から1960年までのフランスの仏教受容を、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールとロブサン・ランパという二人のキーパーソンに関する言説を基にし、元来19世紀末頃に研究視座が限られていた「仏教と西洋社会においてそれを包摂した神智学」という視点から見返して検討することであり、神智学と西洋社会での仏教受容の関連性や現代西洋社会における仏教受容の時代背景を考察する研究領域に新たな視点を投じる功があると考えている。

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