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宗教文化講座 翠雲堂
第17回「涙骨賞」受賞論文 本賞

近代フランスにおける仏教受容の一様相

― 神智学、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール、ロブサン・ランパ

上野庸平氏

2.フランスにおける仏教普及の先駆者

(1)アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール
ア.アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールとは

アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールは20世紀前半、わけても戦間期において、フランス語圏をはじめ広く西洋諸国において人々の仏教への関心の促進に大きな役割を果たした諸著作を刊行し、西洋社会における大衆的な仏教の普及に大きな役割を果たした冒険家・作家・文化人である。

コレージュ・ド・パリやギメ美術館などで東洋学や仏教学を学んだ彼女は1911年から13年間をかけてスリランカ、インド、シッキム、チベット、中国、日本等を旅行し、1912年には当時ダージリンにいたダライ・ラマ13世に謁見。1924年には当時鎖国中であったチベットの首都ラサに西洋人女性として初めて入った。1925年にフランスに帰国して『パリジェンヌのラサ紀行』(原題:Voyage d'une Parisienne à Lhassa)を1927年に出版してから1969年に亡くなるまで、合計でチベットや仏教にする書籍を20冊ほど(没後刊行やチベット出発前の著作も含めれば30冊以上)出版したベストセラー作家として、20世紀前半のフランスにおける仏教の普及における大きな役割を担った2424彼女の業績を記念して1963年にはレジオンドヌール勲章が授けられた。フランス公文書館データベース(http://www2.culture.gouv.fr/public/mistral/leonore_fr?ACTION=CHERCHER&FIELD_1=NOM&VALUE_1=NEEL)、2020年12月3日最終閲覧。

彼女は戦間期からのフランスにおけるチベット仏教研究の第一人者であるが、仏教学者と言うよりも在野の研究者・作家であり、その学術的な功績には賛否両論がある2525J.N.ロベール『心の「寺」を観る フランス人学者が語る仏教の魅力』佼成出版、1995年、65-66頁。また、例えばフランスの中国学者マルセル・グラネはダヴィッド=ネールの三作目Initiations lamaïquesを書評で「ほとんど起承転結の区切りが出てこないし、観察したことが時制や場所がめちゃくちゃに書かれているなどと言うのも無駄だ」と評している。Marcel Granet, critique de Initiations Lamaïques, par Alexandra David-Néel, La Quinzaine critique des livres & des revues 2, no.16 (juin 1930): 313.)。特に1929年に出版された彼女のチベット見聞録の二作目『チベット魔法の書』は、同書序文によればチベットの神秘的、オカルト的な教義と超能力修行に興味を募らせた前作『パリジェンヌのラサ紀行』の読者の強い関心に応じて書かれたもの2626Alexandra David-Néel, Mystique et Magiciens du Tibet (Paris: Plon, 1929), v-vi.として、チベットやシッキムで彼女が見聞した超常現象の奇抜な記述が豊富にあった。これは、オバディアによれば、チベットについて非常に一元的な見方を広め、チベット人の信仰と習俗をとても歪めて叙述し、神秘的なチベットの空想的なイメージを西洋人に強めさせる結果となった2727Obadia, op.cit., 113.

ダヴィッド=ネールの著述の奇抜さに関するこうした批判は例えば同書の次のような記述に当てはまる。

僧は暗い部屋の中で、たった一人で死体と向かい合う。死体を蘇らせるために、僧は死体に覆いかぶさり、口と口を重ね合わせ、両腕で死体を強く抱き締めつつ、他の思いをすべて退けて、同じ呪文で心中で切れ目なく繰り返す。一定の時が過ぎると死体は動き出し、立ち上がってその場から逃走を図るが、呪師は相手の体をなおも固く抱き締め、決して逃がしてはならない。(中略)死人の舌が口の中から延びてくる。重大な局面の到来だ。呪師は自分の歯にしっかりそれを挟み、噛み切るのである2828アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール『チベット魔法の書』林陽訳、徳間書店、1997年、145頁。

ダヴィッド=ネールによると、死体は呪師に舌を噛み切られると立ち上がれなくなり、その舌は強力な呪法の道具となるが、失敗すると逆に呪師は命を奪われる。まさに「魔術」の描写である。また、次のような例もある。

凍えるような真冬の夜、修行を終えた生徒たちは、川か湖の岸に連れて行かれる。川が凍っていれば、氷に穴が空けられる。(中略)生徒たちは、裸のまま氷の上で座禅を組み、その上から氷水に濡らした敷布を掛けられて、これを乾かさなければならない。乾けばすぐさま敷布は氷水に浸されて、また行者の体に巻きつけられる。こんなことが朝まで繰り返される。こうして、一番敷布を乾かした者が勝者となる。(中略)わたし自身は、大きめのショールくらいの衣を何枚も乾かしてしまう行者をみた2929同上、239頁。

この他にも同書には、地面を鞠のように跳躍して長距離を走る秘術、蓮華座で空中浮遊に至る修行、霊力を持った死者の肉を食らう逸話、さらにはテレパシーなど、様々な超常現象が描かれる3030同上、第四章、第六章。

今日的なフィールドワークや参与観察に準じた手法で、現地で見聞したありのままを描いたとされる彼女の記録の真偽は、もとより実証的に確認することができないが、フランスにおける仏教の受容という文脈で着目されるべきは、彼女の記述の真偽性や正確性それ自体というよりむしろ、彼女の描くチベット仏教の異様なオカルティズム(神秘的/魔術的な習俗)を、フランスをはじめ西洋の大衆が表層的に受容した結果のほうであろう。

イ.ダヴィッド=ネールの名声

ダヴィッド=ネールは「鎖国中の神秘国に入ったフランス人女性探検家」として、1925年5月にフランスに帰国する前から『ル・フィガロ(Le Figaro)』や『ル・マタン(Le Matin)』など新聞や雑誌にその人物評が掲載されていた。1925年5月に帰国したときは国民的英雄のように迎えられ3131Helene Duccini, “La Gloire Médiatique d'Alexandra David-Néel,” Le Temps des médias, no.8 (janvier 2007), 138.、その後から1940年までの間、2,3年に一度のペースで著作を出版し続けた。

前述の第二作『チベット魔法の書』は、精神エネルギーの描写が豊富なことから科学者の眼を引いたようで、執筆活動と同時に総合心理学研究所3232Institut général psychologique. 1907年に設立された心理学の研究機関。などの学術機関へ盛んに講演に招かれ、彼女の活動は海外にも広まり、イギリスやベルギーでも講演活動をするに及んだ3333Duccini, p.132.

ダヴィッド=ネールが名声を得た背景には、多くの冒険旅行記が流行した当時の時代背景もあった。当時は北極や南極の極地探検がなされ、ジャーナリストのアルベール・ロンドル3434戦間期にフランスで活躍した国際ジャーナリスト。による海外事情書誌が次々に出版されるなど、探検や海外紀行に関する人々の興味関心が醸成され、探検という偉業がマスメディア化された時代でもあったのである3535Ibid., p.133.

彼女と同時代の女流作家クレール・シャルル=ジェニオは『チベット魔法の書』が出た直後、女性誌『レ・ディマンシュ・ドゥラファム(Les Dimanches de la femme)』にこう記している。

その勇気と果敢さ、そして科学の点においてアレクサンドラ・ダヴィッド=ネールに匹敵する女性はいないであろう。彼女のおかげで不思議でほとんどだれも到達できないチベットがもはやほとんど秘密を持たなくなったのだ3636Claire Charles-Géniaux, “l’Exploratrice,” Les Dimanche de la femme, 30 mars 1930, 4.

エレーヌ・デュシニによれば、同時代の誰よりもマスメディアの力をうまく利用することができたのがダヴィッド=ネールであった由だが3737Duccini, p.140.、彼女の著作が大衆に非常に表層的に受け入れられたことは同時に仏教やチベットについての偏見が盛んになってしまったことでもあった。

ルノワールがこの点を「読者の多くが、これら途方もない現象の数々をチベット仏教と同一視することは避けがたく、金剛乗の教義の形而上学的な深遠さや、「悟り」にいたる瞑想のための数々の修行の厳しさは、二の次にされてしまった」と批判的に分析しているように3838ルノワール、前掲書、205頁。、チベットとチベット仏教はダヴィッド=ネールによって、神秘的なオカルトイメージで描き出され、偏見とともにフランスの人口に膾炙してしまう結果を生んだのである。

そして、ダヴィッド=ネールの諸著作を中心に、フランス人のメンタリティに浸透したチベット仏教のオカルトイメージが一つの画期的な焦点としてフランスをはじめとする西洋社会で結実したのが、1956年にイギリスで出版され、翌年9月にフランスで翻訳が出版されたロブサン・ランパの『第三の眼』だった3939Karl-Stéphan Bouthillette, “Relire T. Lobsang Rampa: Analyse d’un mythe moderne,” (mémoire de maîtrise, Faculté des études supérieures de l’Université Laval, 2011) , 11, 15.

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