PR
購読試読
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
お位牌Maker
PR
宗教文化講座 翠雲堂
第17回「涙骨賞」受賞論文 本賞

近代フランスにおける仏教受容の一様相

― 神智学、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール、ロブサン・ランパ

上野庸平氏

3.神智学

(1)神智学とチベット

ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーとヘンリー・スティール・オルコットが創設した神智学協会は、認識枠組みとしては19世紀中葉以降に西洋的近代主義やキリスト教の教条主義へのアンチテーゼたる近代オカルティズムを基礎にしており、その思想体系はスピリチュアリズム、仏教、進化論、スピリティスム、アーリアン学説、エリファス・レヴィなど様々な思想のブリコラージュであった。人類は古来の秘教的な叡智を受け継ぐ覚者(マハトマ)たちの秘密結社から霊的に指導され、宇宙全体の歴史とともに輪廻転生を繰り返して進化し、完全な霊性を持った人間に至るとするのが神智学の思想であり6161大田俊寛『現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇』ちくま新書、2013年、第1章。、ブラヴァツキー夫人はマハトマらと超常的な能力で交信6262覚者(マハトマ)はブラヴァツキー夫人に書簡を物質化して寄越しているとされ、これは神智学協会では「マハトマ書簡」と呼ばれた。して、叡智を明かしているとした。

神智学において、チベットは覚者の集う神秘と叡智の眠る隔絶した聖地であり、ブラヴァツキー夫人が25歳の頃に入国し、7年間滞在して太古から継承された教えを学んだと主張している場で、彼女の1877年の著書『ヴェールをとったイシス』(原題:Isis Unveiled)はチベットをインドとともに古代の叡智が残存する地として叙述し、チベットで古代の叡智を継承したと自称する彼女が居を構えたニューヨークのアパートは「ラマ僧院」と呼ばれるほどだった。

例えば、神智学徒、アルフレッド・パーシー・シネットが1883年に記し、国際的なベストセラーとなったEsoteric Buddhism(邦訳なし)には、チベットがこのように描写されている。

全世界中には卓越度の異なるさまざまなオカルティストが存在し、また、チベットで確立された主要な教団と多くの共通点を持つオカルト的な教団もある。しかし、この件に関しては、我々のあらゆる調査から、チベットの教団がはるかに抜きん出て、もっとも高度であり、他の全ての教団からもそのように見なされている、と私は確信する6363Alfred P. Sinnett, Esoteric Buddhism (London: Trübner & Co.,1883), 9.

はるかな昔からチベットには、ある秘密の場所があった。そこは今日まで、奥義を授けられた人間を除き誰も知らず、達することもできない地である。そこは外部の人間はおろかチベットの普通の人間も決して近づくことができない場所であり、ただ覚者方が常に集う場所であった6464Ibid., 155.

神智学にとってチベットは覚者によって太古からの人類の秘教的文明が継承される隔絶した聖地であり、それは神智学の思想が西洋社会に広まると同時に、西洋社会におけるチベットのイメージとして人口に膾炙されていったのである。

(2)神智学と仏教
ア.神智学の「功罪」

フランスのインド学者アラン・ダニエルは1973年の論考で「東洋がブラヴァスツキー夫人や協会[神智学協会:引用者注]の人士に及ぼした魅力はむしろオカルトで魔術的なものだった。それは「東洋の神秘」だったのだ。神智学協会は真摯な西洋人とインドの哲学や宗教の結節点の役割の代わりに、両者の接触の大きな妨げとなった」6565Alain Daniélou, Histoire de l’Inde (Paris: Fayard, 1973), 338-9.と、神智学を西洋と仏教の真の出会いにおける妨げと表現していたが、今日においては本論冒頭に述べた通り、神智学が近代西洋社会において、仏教や東洋文明という西洋文明とは異なるパラダイムを人々に提示した神智学の功績は、多くの研究が認めるところである。例えば杉本は「毀誉褒貶の激しいマダム・ブラヴァツキーと神智協会[ママ]ではあるが,こと西欧世界に仏教を普及させた功は,ともかく大いに評価されるべきであり,また,アメリカにおけるチベット・イメージは,秘教的,神秘的な力の源として若い世代にも広くかつ強力に定着している」6666杉本良夫「特集:マダム・ブラヴァツキーのチベット:序論」『国立民族学博物館研究報告』40巻2号、2015年、202頁。と述べる。

神智学はその西洋の神秘思想に東洋の宗教思想を織り込んだ折衷的教義を正当化するために、謎めいたチベット人の覚者から授けられた「秘密の教え」を拠り所にすることで、並外れた超能力を備え、人類の本源的な叡智を託された“ラマ僧と魔術のチベット仏教”という神話を作り上げた6767ルノワール、前掲書、6頁。

神智学は西洋の近代オカルティズムによって仏教を歪めて提示したのではあったが、その一方で仏教の近代化や西洋における仏教普及に神智学が果たした役割も大きく、それまで主に東洋学者が学術的に、またショーペンハウエルやニーチェなど、哲学者が虚無主義的に論じていたものとは異なる超自然的で神秘的な仏教を唱え、西洋社会に浸透させた6868吉永進一「似て非なる他者―近代仏教史における神智学」末木文美士ほか編『仏陀の変貌』法蔵館、2014年、119頁。。神智学は「形態変化のフィルター」6969Obadia, op.cit., 63-66.となって、西洋における仏教の普及・イメージ構築に寄与したのである。

イ.仏教と捉えられた神智学

神智学は20世紀初頭の西洋社会において仏教を代弁するものであった。神智学がどのように西洋における仏教の普及に役割を果たしたかは本論の限られた紙面で詳細に論考することはできないが7070注21の諸論文に詳しいほか、トマス・ツイードは「人々は秘教的仏教や西洋仏教を神智学と同義語のように扱っていたのである」としている。ツイード「秘教主義者、合理主義者、ロマン主義者」島津恵正訳、末木ほか編『ブッダの変貌』183頁。、当時、神智学の領域でなされた「仏教」に関する論説が、西洋社会においてどのように認識されていたかを考えるために、1961年に花山信勝が出版した目録Bibliography on Buddhismを参考してみたい。同目録は1924年から1926年まで西本願寺からの派遣でイギリスに留学していた花山が19世後半から当時までの間に英仏独語で出版された仏教関連文献を網羅的にまとめたものであり、総頁数836頁にして収録された文献の数は15,073点にのぼる大著であるが、これにブラヴァツキー夫人の『シークレット・ドクトリン』や『ヴェールをとったイシス』などの著作(8点)をはじめ、オルコット(6点)、シネット(9点)、アニー・ベサント(12点)など、神智学の人士の著作も網羅的に収録されているのである。

花山はロンドンの大英博物館図書館をはじめ、パリの国立図書館、ベルリンのプロイセン国立図書館(現ベルリン州立図書館)、ハイデルベルクのハイデルベルク大学図書館で書誌情報を収集した7171Shinsho Hanayama, Bibliography on Buddhism (Tokyo: Hokuseido Press, 1961), Foreword.が、花山がこれらの書籍をいちいち全て読んで分類したのかどうかは不明であるものの、今日では間違っても仏教に分類されえないブラヴァツキー夫人の『シークレット・ドクトリン』(原題:Secret Doctrine7272ブラヴァツキー夫人が神智学の教義を解説した『ヴェールをとったイシス』に続く第二著作。宇宙の発生・歴史から人類の起源・進化の過程等を『ヅャーンの書(Book of Dzyan)』という超古代文献の注釈という形で記述している。や『ヴェールをとったイシス』なども同目録に掲載されているということは、神智学の領域でなされた仏教論説が少なくとも花山が滞欧した20世紀前半の西洋諸国の学術機関で「仏教」として分類されていたことの傍証と言えるだろう。

このエントリーをはてなブックマークに追加