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2024宗教文化講座
第19回「涙骨賞」受賞論文 奨励賞
 ささ・ふうた氏=1996年、札幌市生まれ。東京工業大大学院博士後期課程在学中。柳宗悦・民藝運動を中心とする近現代工芸を専門とし、特に民藝運動における理論と制作の関係について研究している。

「用いる」ことをめぐる柳宗悦の思想 ―「仏教美学」との関わりに注目して

佐々風太氏
一 はじめに

本稿では、民藝運動の中心的人物であった宗教哲学者・柳宗悦(一八八九-一九六一)が、器物の使用をめぐってどのような思想を展開していたか、特に晩年の彼が「仏教美学」と呼んだ思想との関わりに注目しながら、考察してみたい。

柳宗悦は、キリスト教神秘主義や仏教などの研究を行った宗教哲学者として知られている。また、近代化によって衰退しつつあった、職人の手仕事による工芸品を高く評価し、それらの造形物に対して「民藝」(民衆的工藝)という新しい呼称を作った人物としても、よく知られている。陶芸家の濱田庄司(一八九四-一九七八)、河井寬次郎(一八九〇-一九六六)らと共に、民藝品の収集や紹介を行う民藝運動を牽引し、収集品を収蔵した日本民藝館(東京都目黒区)の初代館長を務めると共に、器物の造形美と宗教的な原理の連関について独自の論を展開した。

器物をめぐる柳の最初期の論考にあたる、一九二七年初出のエッセイ「工藝の美」で、「品物の真の美は、用いられた美である」「器と人との相愛の中に、工藝の美が生れる」11柳宗悦「工藝の美」(一九二七年初出)『民藝四十年』岩波文庫、一九八四年、一〇八頁と端的に記されているように、柳は造形物の「美」を、製作のプロセスで完成するものではなく、使用されるプロセスで育ち極まるものであると、一貫して語った。彼は器物が製作されるプロセスを「作物の前半生」、使用されるプロセスを「作物の後半生」とも呼ぶ。一九三二年初出の、後者をタイトルに冠したエッセイ(「作物の後半生」)では「使いこなされない器は無表情である」「よき用い手は器物の美を創造する」22柳宗悦「作物の後半生」(一九三二年初出)『茶と美』講談社学術文庫、二〇〇〇年、八七頁との見解が示されており、これは柳の生涯を貫く理念であったと言ってよい33これは浅川巧(一八九一-一九三一)、濱田庄司ら、民藝運動同人たちのあいだでも共有されていた考え方であった。浅川は、『朝鮮の膳』(一九二九年初出)の中で、「正しき工芸品は親切な使用者の手によって次第にその特質の美を発揮するもので、使用者は或意味での仕上工とも言い得る。〔略〕この頃の流行は器物が製作者の手から離れる時が仕上ったときで、その後は使用と共に破壊に近づく運命きり持っていない。〔略〕工芸品真偽の鑑別は使われてよくなるか悪くなるかの点で判然すると思う。」と記している(浅川巧『朝鮮民芸論集』岩波文庫、二〇〇三年、一七-一八頁)。濱田は、「焼物には二つの生命がある。初めは窯から出た時、次はその焼物を持った人の使い方による」(瀧田項一『昨日在庵今日不在-陶匠濱田庄司の残した言葉』下野新聞社、二〇〇二年、七四頁)という言葉を残している。。彼は語る。

用いるにつれて器の美は日増しに育ってくる。〔略〕「手づれ」とか、「使いこみ」とか、「慣れ」とか、これが如何に器を美しくしたであろう。作りたての器は、まだ人の愛を受けておらぬ。また務めをも果しておらぬ。それ故その姿はまだ充分に美しくはない。44前掲注一、一〇七-一〇八頁

柳の収集した品を見ると、多くの場合、使用された痕跡や経年変化がその造形に著しく寄与していることがわかる。日本民藝館には現在、陶磁器・染織・木漆工・金工など柳の収集した造形物が収蔵されているが、それらを代表する古民藝の多くが、実用され、傷、シミ、スレなどの著しい使用痕の残った姿で柳の眼に留まり収集されたものである。例えば、オーブンに入れて用いられる器であるために、焦げ跡や質感の変化が露わに残っているイギリスの古陶スリップウェア、繰り返し洗われることによって藍の発色が変化している絣の掛布団(夜具地)、座面や脚に使い込みの痕跡の著しいウィンザーチェアなどを、その代表例として挙げることができる55その多くは日本民藝館で現在も頻繁に展示されており、実見することができる。また、柳が監修した『民藝図鑑』第一巻-第三巻(日本民藝協会・田中豊太郎編、宝文館、一九六〇-一九六三年)や、日本民藝館監修『民藝大鑑』第一巻-第五巻(筑摩書房、一九八一-一九八三年)等の図録でも確認することができる。。柳の収集は、一面において、「用いられた美」を中核にしていたと言っても過言ではない。

また、柳自身が「作物の後半生」の実践者であった。妻の柳兼子(一八九二-一九八四)の「宗悦は、お料理に合わないお皿に盛りつけると“かえて来なさい”といわれたわ」66日本民藝協会編集部「『柳家の食卓』のこと」、日本民藝館協会編『民藝』(七三一号・二〇一三年十一月号)日本民藝協会、二〇一三年、八頁という言葉が残っているように、柳家ではさまざまな器物が日常生活の中で普段使いされており、それらも現在日本民藝館に遺されている。例えば、柳の用いていた、濱田庄司制作の無地の土瓶には、器体のピンホールから内部の液体が染み出てくることによって生じる質感の変化やシミといった、著しい使用痕を認めることができる(筆者実見)77濱田庄司《鉄砂土瓶》(日本民藝館蔵)。柳宗悦編『濱田庄司作品集』(朝日新聞社、一九六一年)等に図版が掲載されている。濱田も“HAMADA, Potter”(B. Leach, Kodansha International Ltd., 1975) の中でこの作品について、‘This piece has discoloured and mellowed with daily use just like a teabowl. Yanagi used this tea-pot for years.’(p.302) と述べている。また、類似の素材を用いた作品について、‘The bottom of this yunomi is left rough, and this will become naturally and pleasantly discoloured with use.’(p.298) などと述べていることから、彼が、使用痕が造形に寄与するところまで考えて施釉や焼き上がりを調整していたことがうかがえる。。この他柳は、河井寛次郎の新作などの作家作品や国内外の民窯の陶磁器を取り合わせて食卓で用いていた88日本民藝館監修『柳宗悦展―暮らしへの眼差し―』NHKプロモーション発行、二〇一一年、一二二頁ほか、エセル・メーレ(一八七二-一九五二)による毛布99濱田庄司「柳宗悦の『眼』」(一九六一年初出)『無尽蔵』朝日新聞社、一九七四年、二六九頁や、日本民藝館西館(旧柳邸)に現在も残されている黒田辰秋(一九〇四-一九八二)による《拭漆机》などを用いていた。

ところで「用いられた美」とは、傷や汚れなどであり、見方を変えれば造形上の瑕疵でもある。エッセイ「蒐集について」(一九三二年初出)の中で、柳はこの点をめぐって以下のように語っている。

多くの蒐集家は「完全品」への執着が強い。それが一冊の書物にしろ、一個の陶器にしろ、罅〔ひび〕や傷や汚れを極度に嫌う。そうして完全でないと手を出さない人がある。かかる性質の人が多いのと、無傷なものが比較的少ないのとで、商人は完全な物に高値をつける。〔略〕

 傷が気になるのは、美しさに対するより、完全さに対する愛の方が強いからであろう。傷も度を過せば美を痛めるが、完全さ即ち美しさでは決してない。1010柳宗悦「蒐集について」(一九三二年初出)『茶と美』講談社学術文庫、二〇〇〇年、一二一-一二三頁

このエッセイの中で柳は、ギリシャのトルソーの四肢の欠けた様相が「不完全」のままに「美」を示すように、陶器の場合も「貫入が、一層風情を添える場合がある」、古画の場合も「時代による汚れがその作を美しくしている場合は多い」と語っている1111前掲注十、一二二頁。そして、「ここに一流品の不完全なものと、二流品の完全な品とがあったとして、いずれが価値が大きいであろうか。私は躊躇なく前者だと答える」1212前掲注十、一二三頁と断言する。「用いられた美」への讃嘆は、一面において、傷や汚れといった造形上の瑕疵への讃嘆でもあった。

以上のことは、柳をめぐる研究や批評ではしばしば話題に上り、鶴見俊輔1313鶴見俊輔『柳宗悦』平凡社選書、一九七六年、大沢啓徳1414大沢啓徳『柳宗悦と民藝の哲学―「美の思想家」の軌跡―』(シリーズ・人と文化の探求 十五)ミネルヴァ書房、二〇一八年などによって論じられてきた。

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