中外日報社は3月30日、第22回涙骨賞選考会をオンラインで開き、大嶋利佳氏(65)の論文「スポーツと他力-中井正一『美学入門』にみる仏教の受容と修行の在り方-」を受賞作とすることを決めた。
また、奨励賞には、浦井聡氏(39)の論文「黎明の京都学派-その哲学的発足点の探究-」が選ばれた。
今回は15編の応募があり、最終選考に残った論文を島薗進氏(東京大名誉教授)、末木文美士氏(国際日本文化研究センター名誉教授)、釈徹宗氏(相愛学園学園長・武蔵野大総長)の3人の選考委員が審査した。
涙骨賞を受賞した大嶋氏は1960年生まれ。法政大大学院人文科学研究科博士後期課程。受賞作は、近代の美学者・中井正一(1900~52)がその主著『美学入門』において、一見無関係なスポーツがもたらす美感と仏教の他力とを関連付ける個性的な論を展開していることに着目。未刊行の郷土史資料も踏まえつつ、またスポーツ感覚についてのベルクソンの記述も参照しながら、その意義を明らかにしようとする。戦後の日本において仏教信仰をもとに新たな美学を打ち立てようとした中井の、思想史上の再定位にもつながるものとして高く評価された。
奨励賞の浦井氏は1986年生まれ。京都大白眉センター/文学研究科特定助教、エストニア・タリン大人文学部客員研究員。
受賞作は「仏教的な哲学の学派」として理解されることが多い京都学派をその発足点から描き直すことを目的に、1910年代から始まる田辺元による西田幾多郎の純粋経験論の発展的継承の過程を、認識論・価値論・数理哲学・形而上学から跡付けていく。
その上で、仏教的な無の思想を不可欠の要件と位置付ける必要がこの段階においてはないことを提示する。
両受賞作は全文を順次紙面で連載。その後、ホームページ上でも閲覧できるようにする。受賞者には表彰状と賞金、涙骨賞30万円、奨励賞10万円が贈られる。
受賞者の肩書はいずれも応募時のもの。
総評・選評と受賞の言葉
応募作 質の高さ感じる選考 総評 ― 東京大名誉教授 島薗進氏
本年度の涙骨賞は充実した内容の候補作が多かった。本賞と奨励賞に選ばれた論考以外にも、独自性のある考察を展開しており、最後まで選考対象に残る作品が複数あった。
治安維持法ではない法的根拠で獄死をとげた三木清の思想と生き方を、「宗教的ヒューマニズム」による殉教と捉えた論考、皇民化政策以前、「文化政治」期の朝鮮で神社参拝がどのように進められたかを資料を精査して考察した論考、奄美・沖縄のハンセン病施設で仏教者が果たした役割への批判的考察などだ。
いずれも問題意識に見るべきものがあるが、着眼の独創性、参照資料の広さや奥深さ、論述の緻密さと読者の心を捉える文章表現の力などの点から、惜しくも受賞に至らなかった。
たまたま宗教思想史の領域での論考が受賞作になっているが、歴史資料やフィールドワークによって得られた資料を用いた論考にも頼もしいものがあった。宗教の実践的な場面での働きや大きな展望のもとに宗教の社会的機能に注目した論考もあり、今後の展開に期待したいところでもあった。
今回は、応募作の質の高さ、応募者の範囲の広がりが感じられる選考であった。
中井の美学注目、個性的な論 大嶋氏 ― 相愛学園学園長 武蔵野大総長 釈徹宗氏
浄土真宗関係者にとっては「他力とスポーツ」という論題には違和感があることだろう。他力とは「阿弥陀仏の本願力」のことであり、仏教においてもかなり限定された意味で使われる用語である。
この点については論者も理解・把握しており、ここで言う他力は法然や親鸞におけるそれとは異なっていることを明記している。スポーツ活動の中に他力を読み取ったのは、本稿で取り上げられている中井正一である。中井は真宗僧侶であり、行信教校(浄土真宗の専門学校)にも通った人物だ。
中井が語るスポーツと精神や信心の関係に注目し、その美学・思想の特徴を取り上げたユニークな論考と言える。近代の修養主義などを考察する上でも貴重な内容となっている。
一層研究に取り組む 大嶋利佳氏の話
本賞をいただき大変光栄です。スポーツという身近な活動に美と他力を見いだした中井正一の生き方は、現代人にも大きな気付きを与えてくれるものです。多くの方々のご協力、ご指導に感謝しつつ、さらに研究に取り組んでまいる所存です。
論証緻密、田辺の役割再発見 浦井氏 ― 国際日本文化研究センター名誉教授 末木文美士氏
京都学派というと、直ちに日本的とか、仏教的というイメージが付きまとう。しかし、最初からそうだったわけではない。本論は、「京都学派」という語を最初に用いた戸坂潤の論を手掛かりに、京都学派が形成される黎明期に遡って検討する。それは1900年代における西田幾多郎の純粋経験論の形成と、1910年代にそれを受けて田辺元が認識論、価値論、数理哲学、形而上学などの諸分野へ発展的な応用をなしたところに見られるという。本論は緻密な論証で、とりわけ初期の田辺元の役割を再発見し、高く評価している。その点で、優れた成果と言うことができる。ただ、それが後のいわゆる「京都学派」とどう結びつくのか、必ずしもはっきりしない。この「黎明」期を高く評価するのであれば、そもそも「京都学派」という枠にはめる必要があるのか、そのあたりが疑問として残る。
日本哲学の遺産解明 浦井聡氏の話
拙論を選出いただき、ありがとうございます。京都学派は近年、国外でも注目を集めつつありますが、まだ一部の思想家を除いて研究の余地が多く残されています。引き続き、日本哲学の豊かな思想的遺産を明らかにしていく所存です。




