神武天皇の歴史学…外池昇著
挑戦的な本書の書名にはある種の皮肉が込められている。戦後の歴史学が、神武天皇の研究を怠ってきたという問題提起だ。実在か否か、紀元節復活への賛否を問わず、神武天皇の物語と古代国家の形成の関係の解明は重要な課題だとする60年前の指摘を踏まえ、近代史でも同様であると著者は述べる。
その具体例が、神武天皇陵の所在地論争だ。孝明天皇の勅裁で現在の「神武田」に決定され、終止符が打たれたかに見えた。しかし、否定された「丸山」説も想定以上に影響力を持ち続けていたことを、関係者の言説や動向を基に描き出していて興味深い。諸説の間にある見えない糸が感じられる構成だ。
神武田は畝傍山の東北の平地にある小塚。一方、丸山は畝傍山の中にあり、古事記の記述に合うとして本居宣長や蒲生君平らが主張。幕末の陵墓修復に関わった北浦定政や旧跡保存に尽力した富岡鉄斎も支持した。北海道神宮宮司を務めた白野夏雲は、神武陵参拝のたびに疑念が生じると記すのだから穏やかではない。明治以降も政府側は神武田説を擁護する必要に追い込まれていたと分析する。
実は神武田説に決定したのは孝明天皇自身の認識によるらしい。結論ありきで幕府に調査させていた形跡がある。橿原神宮の創建や建国記念の日制定についても論じている。
定価1980円、講談社(電話03・5395・5817)刊。