親鸞 『歎異抄』を手がかりとして…伊藤益著
悪人正機説を唱えた親鸞だが『教行信証』などその著作で直接には記されていない。日本倫理思想が専門で長年親鸞研究に取り組んできた著者は、悪人正機の「悪」とは何かに正面から向き合い『歎異抄』などを頼りに人間存在の根源にある悪に迫っていく。
悪人正機説は師の法然、対立する立場の貞慶にも見られ、著者によれば「平安末から鎌倉時代にかけての共時代的な一思潮」だった。その中で親鸞の説が独創的だったのは「阿弥陀仏によって救われるのは悪人だけであって、善人は救済の埒外にある、と断言した」点にあるという。
さらに著者は救われる悪人がいかなる存在かについても突き詰めていく。日本の如来蔵思想に基づけばあらゆる存在に仏性が宿っており、仏性を犠牲にしなければ食事をとることはできない。社会の中で生きていれば、入学試験や昇進競争はもちろん、あらゆる場面で他者を排除することが避けられない。親鸞の説く悪とは道徳や倫理的な意味ではなく「『いまここ』に生きて在るという事実をみきわめ、それを『悪』と名指した」「身にまとわざるをえない悪に対して自覚的に在るからこそわれらは救われる」と論じる。慈悲、宿業、浄土など親鸞を考える上で避けられない項目についても検討する。
定価3960円、春秋社(電話03・3255・9611)刊。