「祈りの文化」伝える美術史家 石丸正運さん(85)
滋賀県を中心に展覧会の企画や文化財保護に長く携わり、官民の3美術館が連携した特別展を成功に導いた。「滋賀県には古代から現代まで、いずれの時代にも代表的な歴史遺産がある」と強調し「京都、奈良と共に文化財群が多い歴史大国・近江には国立博物館が必要だ」と訴える。
須藤久貴
滋賀県の歴史に強い思い入れがあると伺いました。
石丸 天智天皇の大津宮、聖武天皇の紫香楽宮、孝謙上皇・淳仁天皇の保良宮と、近江には7世紀中頃から8世紀中頃にかけて3度、都が置かれ、それぞれ崇福寺、甲賀寺、石山寺と、天皇による国家規模での造寺造仏が行われ、近江の「祈りの文化」を育んできました。
遷都だけではありません。琵琶湖の水運や豊かな水田が培った経済力、奈良や京都の都に近く東西の結節点である地の利、惣村の自治で鍛えた民の力。近江は常に歴史の中で重要な位置を占めてきました。
石器、縄文早期の土偶に始まり、弥生、古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、南北朝、室町、戦国、安土桃山、江戸、近代・現在と、いずれの時代にも代表するような歴史遺産が存在しています。たとえば鈴鹿山脈の西麓、愛知川源流の左岸中位段丘上にある相谷熊原遺跡で出土した高さ3㌢余の土偶は、約1万3千年前の縄文草創期のものです。
滋賀県は京都府、奈良県と共に豊かな文化財の保有県(国の重要文化財指定数は東京を加えた3都府県に次いで全国4位)です。その中核を担っているのが仏教美術・神道美術関係の文化財であり、本来なら京都、奈良に次いで、国立博物館を必要とするほどの文化財があると言えます。
滋賀県立琵琶湖文化館の学芸員を皮切りに、数多くの展覧会を企画されてきた。
石丸 琵琶湖文化館は1961年に開館して(現在は休館中)、初代学芸員だった宇野茂樹さんが滋賀県立短期大に転出するからというので後任に呼ばれました。65年4月に就職した時、翌月から展覧会が始まるというのにほとんど準備がされていなかったんです。臨済宗大徳寺派大本山大徳寺(京都市北区)の当時の宗務総長に3度お願いに伺って、国宝「後醍醐天皇宸翰御置文」を借りるための承諾書を頂いたり、天台宗総本山比叡山延暦寺(大津市)の横川の事務所で当時、管理部長をしていた森川宏映・第257世天台座主から最澄さんの真筆をお借りしたり、バタバタしているうちに何とかなりました。今だったら3年ぐらい前から準備してやるようなこと…
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