近隣で托鉢行脚40年 僧侶としての覚悟固まる
愛知県津島市 浄土宗西山禅林寺派宝泉寺 伊藤信道住職
愛知県津島市・浄土宗西山禅林寺派宝泉寺の伊藤信道住職(68)は、4年前に心臓を患ったのを機にやむなく中止するまで40年余りにわたって津島市内で托鉢を行じた経験を持つ。
托鉢を始めたのは25歳。当時所属していた禅林寺派東国青年会で托鉢をすることになり、その実践者だった岐阜県羽島市・光照寺住職の森準玄氏(後に禅林寺派管長・総本山禅林寺第87世)に指導を仰いだことがきっかけで、翌年から一人で行じるようになった。
托鉢は毎年12月初旬から翌年2月初旬までの時期に毎日(住職就任後は土日以外の平日)、早朝6時半~8時頃に実施。行脚するのは近隣の約800軒で、日によってコースを変えながら1日に200軒ほどを巡った。
各戸の玄関先で四誓偈の一節を唱え、もらった布施は慈善事業などに全て寄付。結果的に檀家以外の人とも親しくなり、自身や寺に対する地域の信頼が高まった。「おっさん(お坊さん)が頑張るから私も頑張る」「手を握ってほしい」と言う人もいたという。
無論、よいことばかりではない。「帰れ!」と怒鳴られたり、番犬をけしかけられたりしたこともある。「自分たち僧侶は世間からそういう存在と思われているのか。最初はお釈迦様も行っていた托鉢に誇りや自信もあったが、そうではないと分かった」と振り返り「大げさに言えば、そうした中で僧侶としての覚悟ができた」という。
森氏は「お金をもらえるお坊さんになれ」と説いた。その意味を「布施をもらえることがどんなにありがたいか」と受け止めている。「法事や葬儀の場合は『そのお礼をもらう』という感じがあるが、托鉢への布施はただ私がやっている行に対するもので、『お坊さんに何かをしてほしい』というものではない。布施をもらうとは何かを考えさせられた」と語る。
托鉢のほかにアーユス仏教国際協力ネットワーク(東京都江東区)や「おてらおやつクラブ」の活動への参画、CO₂排出係数ゼロの電力使用などにも積極的に取り組んできたが「社会と関わろうと思っているのではなく、ただお念仏を自分の身体で表しているというのが最近の感覚」。
浄土宗の教えは凡夫の自覚を促す。「老いや病など思い通りにならない現実が増える一方の50代後半くらいからその自覚が深まり、お念仏のありがたさが身に染みてくるようになった。先の短い自分のいのちで、どうやって皆さんにお返ししていくか」と考える日々を送っている。
(池田圭)