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親鸞の往生論への誤解を糺す(2/2ページ)

大谷大名誉教授 小谷信千代氏

2017年11月24日

問題の「即得往生」の語は『無量寿経』第十八願の成就文に「あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、即ち往生を得、不退転に住せん」と説かれる中に出る。この成就文には「信心歓喜して浄土に生まれたいと願えば即ち往生を得る(即得往生)」と説かれて、往生を願うその時につまり現世で往生が得られることが説かれているように見える。それゆえ、親鸞はそう見てはならないと考えて『一念多念文意』に上記の文章を記したものと考えられる。以下に筆者がそう考える根拠を示す。

「即得往生」は浄土経典にほとんど出てこない語である。康僧鎧訳の『無量寿経』に一度、その異訳である法賢訳の『荘厳経』に二度、『観無量寿経』に六度、羅什訳の『阿弥陀経』に一度現れる。そしてそれらの場合「即得往生」は必ず命が終わる時のこととされている。往生が臨終の時であることを明確に述べていないのは、康僧鎧訳『無量寿経』第十八願成就文にただ一度だけ現れる、いま問題にしている「即得往生」の語だけである。

しかしその場合も、この成就文に相当する、親鸞が『教行信証』行巻に引文する『悲華経』には、往生は命終後であることが明言されている。したがって「即得往生」は臨終時の事と考えるのが浄土経典の通常の領解である。親鸞はそのことを知ったうえで、康僧鎧訳『無量寿経』の成就文に現れる、異例の「即得往生」の語の意味を考察し、その結果を述べたものが前掲の『一念多念文意』の文章である。

聖者を対象として現生で正覚を得て彼岸の仏国に至る法を説く聖道門の経典とは異なり、現生では正覚を得ることができず仏国に至ることのできない凡夫を対象とする浄土経典においては、臨終時に浄土に往生することが正覚を得る必須の条件とされている。「即得往生」の語が前記のように浄土経典のほとんどの場合において臨終の時の事として説かれることからしてもそう判断される。それゆえ親鸞は、凡夫が浄土に往生するために現生で往生すべき身となること、つまり正定聚の位に就けることを何とかして論証できないかと考えたのである。

後世宗主も認める親鸞独自の読み方

正定聚の位は『無量寿経』では臨終時に往生して得られると説かれる。それを現生に移行させることは尋常ならざる行為である。親鸞はそれを『浄土論註』の語を破格な読み替えを行うことによって敢行した。

それを敢行するに当たって親鸞は、本来非常に高い菩薩行の位である第八地において得られるとされていた正定聚(不退転)の位が、龍樹の『十住毘婆舎論』において已に初地にまで移行されていたという思想史的な変遷をも考慮に入れて確信を以て実行したと考えられる。親鸞が読み替えたことは覚如・存覚・蓮如の書にも言及され、江戸期の東本願寺の学匠、香月院はその読み替えを「今家一流御相伝の窺い様」と述べて親鸞独自の読み方であることを認めている。

もし親鸞が往生を現生で得られるものと考えていたとすれば、『無量寿経』には正定聚は往生して得られると説かれているのであるから、往生が現生で得られるのであれば正定聚も現生で得られる、と考えたはずである。そうであれば親鸞は、敢えて破格な読み替えをする危険を犯してまで、正定聚を現生に移行させることを試みる必要はなかったのである。

それに「現生往生」も「現生正定聚」と同様、浄土教本来の臨終往生の経説と矛盾するものなので、それを主張しようとすればその根拠を明示しなければならない。「現生正定聚」を証明するために読み替えを試みたのと同様に、「現生往生」を証明する試みがどこかに見られ、またそれを試みたことを述べる伝承がどこかに残っていなければならない。その試みも伝承もどこにも残っていない。それらが残っていないことが、親鸞が往生を現生で得られるとは考えていなかったことをはっきりと示している。

以上述べたことからしても曽我師の「現世往生説」及び長谷氏の往生理解が破綻していることは明らかである。

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