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2024宗教文化講座

新出禅資料から見た新しい中世仏教観 ― 中世禅の再考≪12≫(2/2ページ)

国際日本文化研究センター名誉教授 末木文美士氏

2019年1月25日

こう見るならば、能忍の「達磨宗」の問題もおのずと明らかである。能忍が「達磨宗」という名の独立した教団を作ろうとしたということはあり得ない。「達磨宗」は達磨を開祖とする禅宗のことに他ならない。ただ、能忍の集団は宋に由来する特殊な舎利崇拝などを採用し、集団としての結束が強かったということがあって、後世、「達磨宗」が能忍に由来する一派を呼ぶようになった可能性は考えられる。

三、密教理論の深化と禅

以上、実践的な運動面から中世仏教の形成期の状況を検討し、その中での禅宗のあり方を考えてみた。次に理論面を考えてみよう。『中世禅籍叢刊』では、栄西や聖一派など、きわめて密教色の強い文献を多く紹介した。これらは禅宗研究者に大きな戸惑いを与えることになった。栄西の著作は完全に密教のものであり、円爾やその弟子の癡兀大慧の著作もきわめて密教色が強く、従来の禅の理解では到底受け入れがたい内容であった。その位置づけを知るためには、迂遠でも日本の仏教思想の流れを理解しておく必要がある。

平安初期の最澄や空海の理論は、その後の日本仏教を規定するようなスケールの大きいものであったが、必ずしも個の身体に即した実践論ではなかった。それが個の身体に即した実践として展開するのは平安中期の源信(942~1017)あたりからである。それが理論的に確立するのは、覚鑁(1095~1144)の『五輪九字明秘密釈』である。覚鑁は五輪(地・水・火・風・空)の理論をもとに、世界と我と仏の一体化を説き、個の身体に即した即身成仏の実践を理論化し、それを五輪塔によって表した。その一方で、浄土教を摂取して、現世を超えて死者供養や浄土往生をも可能とする理論を構築した。いわば密教を核とした総合的な実践理論を確立したと言える。その総合理論が解体して、実践が分立していくところに、後の禅や念仏の行が成立すると考えられる。

栄西の密教はこのような覚鑁の身体論的密教の系譜を引くもので、とりわけ『隠語集』では、金剛界と胎蔵界の不二を説くのに男女和合の譬喩を用いて説明している。このような性的な言説はしばしば立川流として邪教扱いされ、栄西がそのような譬喩を説くことはきわめて奇異とされ、栄西撰述が疑問視されたことさえあった。しかし、今日の研究では、当時の身体論的密教の発展上に、五蔵(心・肝・肺・腎・脾)を観ずる五蔵曼荼羅が形成され、そこからさらに、男女和合から胎児が生育する胎内五位説が大きく展開していることが知られている。実際、円爾の弟子の癡兀大慧の著作にもその理論が明確に記されている。そのような説が邪教視されるのは後のことである。そのような身体論的な密教の発想は、身体的実践を核とする禅に通ずることになる。

栄西の密教でもう一つ重要な点は、『改偏教主決』などで密教教主論の論争を展開していることである。栄西はあくまでも本来の悟りそのものである自性身が説法すると説くのに対して、論争相手の尊賀は、一つレベルを下った自受用身(仏が悟りの境地を自ら享受するあり方)が説法するとしている。この論争は、究極の仏の悟りを人間が理解できるか、という問題に関わり、後の真言宗で大きな論争となる。この問題もまた円爾一派に受け継がれ、禅の不立文字の悟りと密教の究極の仏の世界との優劣が問題とされることになる。このように、教理的面も、当時の密教と禅とは深く関わっているのであり、今後その内的関係をさらに解明していくことが求められている。

(「中世禅の再考」の連載は終わります)

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