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日蓮遺文の真偽論と思想史観(2/2ページ)

「法華仏教研究」編集長 花野充道氏

2025年7月4日 10時11分

日蓮の教団は日蓮滅後、本迹一致派と勝劣派に分裂した。勝劣派の慶林日隆は、「天台末学の種々の大僻見を、尼崎本興寺流に会通して云く、但し委悉には立正観抄に御会通これあり」と論じて、『立正観抄』を真撰として重要視している。

そこで私は、『立正観抄』を身延三世日進の偽作と主張する池田令道氏に対して、「本迹一致を主張する身延門流の日進が、本迹勝劣を明言する『立正観抄』を偽作することなど絶対にありえない」「日進が『立正観抄』を複数作成し、そのうちの一本に署名入りの捏造した奥書まで書き入れた、とは到底考えられない」と反論し、続けて「日蓮自身が明確に本迹勝劣を論じているのに、日蓮滅後になぜ本迹一致派の教学が展開したのか」「私は日蓮が『立正観抄』で四重興廃の文を引用しているから、日蓮滅後に中古天台の四重興廃思想に基づいた本迹一致派の教学が展開していった、と考えているが、池田氏の思想史観をご教示賜りたい」と尋ねたのである。

私は、思想史学の方法論をもって研究しているので、智顗の『法華玄義』に説かれる「四重の展転興廃説」が、どのような経緯の中で中古天台の「四重の興廃思想」へと変容し、さらに「止観勝法華」「禅勝止観」「五重の円」等の思想を産み出していったか、に関心がある。そこでさらに、「『立正観抄』の真偽は、天台本覚思想の展開史上に位置づけて考究しなければわからない、というのが私の考えであるから、天台本覚思想文献の時代設定について池田氏の思想史観をお聞きしたい」と問うたのである。

山上氏は、池田氏の『立正観抄』日進偽作説を全面的に受容して、前出した「論」の中で、「[身延門流の日進が偽作した]『立正観抄』を中心とし、その対告者である最蓮房の実在を示すために作成されたと思われる『生死一大事血脈抄』など、最蓮房関連の偽撰遺文が15編ある」と記している。これは、実質的に最蓮房の「非実在説」「架空説」「創作説」の主張である。山上氏は、そのような前代未聞の仮説に基づいて「日蓮偽撰遺文学」を提唱されたのであるが、私からすれば、これもまた、日蓮滅後の思想史観をどのように提示するか、という問題にほかならない。

3、日蓮の五義の検討

次に、山上氏による日蓮遺文の真偽判別の是非を具体的に検討するために、日蓮における五義の問題を取り上げてみよう。

立正大学日蓮教学研究所編集の『日蓮聖人遺文辞典(教学篇)』には、浅井円道氏と小松邦彰氏による解説として、「五義が始めて発表されたのは弘長二年二月、配流地伊東で著された『教機時国鈔』においてである。このことは日蓮が伊豆配流を契機に五義を連続的に説示したことを物語っている」と記されている。

ところが山上氏は『日蓮の諸宗批判』において、『教機時国鈔』は疑義濃厚な遺文であると主張された。立正大学の庵谷行亨氏は、山上氏の疑義説を受けて、従来の日蓮宗の五義に対する見解を繰り返しながらも、『教機時国抄』に注を付して、「近年、疑義が提示されている。今後さらなる検討が必要である」と記している。

もし庵谷氏が、本気で『教機時国抄』の真偽を検討する必要性を感じているならば、立正大学編集の『辞典』に記された五義の解説を修正すべきかどうか、山上氏と真摯に議論しなければならないであろう。しかしその後、庵谷氏が山上氏と議論した形跡は見られない。なぜ庵谷氏は議論されないのであろうか。真蹟不現存の遺文については、疑義を投ずることは容易であるが、その真撰たることを論証することは困難だからではないだろうか。そこで現在では、真蹟不現存遺文の文献考証を棚上げにした、いわゆる「大崎ルール」を用いて日蓮の思想を考察する研究者が増えている。

深谷恵子氏は「大崎ルール」を用いて、真蹟不現存の『教機時国抄』を考察の対象から除外し、「五義がはじめて体系的に列示されたのは、弘長2年、伊豆国伊東の流刑地で著された真蹟曽存の『顕謗法鈔』からである」と論じている。ところが山上氏は、『顕謗法鈔』についても、弘長2年(41歳)の著述ではなく、「文永9年(51歳)頃の著述であろう」と論じているから、もし深谷氏が、日蓮における五義の体系的な説示を伊豆配流中に想定したいのであれば、このような山上説にきちんと反論しなければならないであろう。

山上氏の『解題集成』は、日蓮研究を志す学徒に、日蓮遺文の真偽論と思想史観について活発な議論を促しているのである。

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