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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」
第22回「涙骨賞」受賞論文 本賞

スポーツと他力

― 中井正一『美学入門』にみる仏教の受容と修行の在り方 ―

大嶋利佳氏

終わりに

スポーツの身体感覚の中に美感があり、仏教の他力をも見出すことができるという中井の論は、現代のスポーツ愛好者や指導者にとっても大きな示唆を与えてくれる。自分の力で頑張り競技での勝利や新記録を目指すだけでなく、練習を重ねる中で新たな自分を発見できるところにもスポーツの魅力があり、意義がある。スポーツはリクレーションとしても広く親しまれ健康に役立っているが、生活上の利益ばかりでなく、様々な心身の感覚を味わうこと自体が、私たちの人生の貴重な瞬間なのである。

そして、中井にとってこうしたスポーツ経験をより豊かなものにしたのが、幼時からの信仰心であった。もし信仰心がなかったら、良いフォームが身に付いたり技を出すコツが分かったりしても、それは運動生理学やスポーツ心理学で扱われる学術的な知識経験として理解されるだけであろう。そう考えてみると信仰心とは、科学的な知識や論理的な思考だけではとらえきれない何ものかを把握する、思索の道筋であるとも言えよう。信仰をもっていればこそ、中井は人生の苦境に傷つきながらもスポーツに美感を見出し、他力との出会いの場とすることができた。さらには、読書をも知識情報を得るための便宜的な行為ではなく、修行と言える切実な体験にできたのである。

これは現代に生きる私たち、特に若い世代や教育に携わる人たちにとって、忘れてはならないことであろう。信仰心が失われつつあり、また先端技術による仮想世界がいっそう現実味を帯びてきた現代には、人間の生き方を狭め、歪める側面も生じてくる。そうした時代において、非科学的なようでも自分を越える何ものかの存在を信じ、苦しくとも自らの心身を動かし、その経験を通じて世界とつながろうとする感性は、私たちの人生を豊かにしてくれる。『美学入門』は、現代の私たちにも美感に満ちた生き方への気づきを促しているのである。(終)


  1. 本籍は広島県賀茂郡竹原町(現竹原市)。安芸門徒と呼ばれる浄土真宗の信仰者が多い土地柄である。
  2. 1882年、大阪の本照寺に設立された仏教学院。指導運営にあたった僧の利井明朗、鮮妙兄弟も、中井家と交流があった。
  3. 久野収編『中井正一全集3 現代芸術の空間』、美術出版社、1981年、pp.7-8
    本稿においては主に同全集を引用元とし、これ以降は各巻のタイトルを除いて『全集3』のように略記する。
  4. 『全集3』p.35
  5. 同前 p.36
  6. 同前 p.37
  7. 『全集1』p.418 カッコ内は筆者が補った。
  8. 同前 p.419
  9. 同前 pp.402-403
  10. 木下長宏(1939年~)横浜国立大学名誉教授、美術史学者。著書に『中井正一 新しい「美学」の試み』(リブロポート1995 / 平凡社ライブラリー 2002)等がある。
  11. 中井正一『日本の美』、中公文庫、2019年、p.231に掲載された木下長宏の解説をもとにして要約を記した。
  12. 『全集3』p.21
  13. 同前 pp.21-22
  14. 同前 p.22
  15. 前掲『日本の美』、「現代日本画の一つの課題」pp.216-218カッコ内は筆者が補った。
  16. 『全集4』pp.115-116 「組織への再編成 ―『資治通鑑』の諫官の祈り」(「京都大学新聞」1950年9月25日号)カッコ内は筆者が補った。
  17. 中井の次男、尭。1940年9月に病死した。
  18. 「中井正一研究会会報準備号」に拠る。地元研究家の研究会会報で2000年から定期的に刊行され活動報告や会員の論文の他、中井が残した文章を資料として掲載している。
  19. 足利浄円(1878~1960) 浄土真宗本願寺派の僧侶。福山市出身。1918年、同朋舎を創設して印刷、出版事業を始める。1924年、雑誌『同朋』を創刊。
  20. 中井正一「ともし火」(『同朋』第117号1940年1月掲載)「中井正一研究会会報準備号」第88号(2009年1月15日)に【資料】として掲載された。
  21. 湯浅泰雄(1925~2005)桜美林大学名誉教授、哲学者。
  22. 湯浅泰雄『身体論 東洋的心身論と現代』、講談社学術文庫、1990年、p.123
    原文には「より以上」に傍点がつけられている。
  23. 同前p.124
  24. 『全集3』pp.19-20
  25. 『全集4』p.89
  26. アンリ-ルイ・ベルグソン(Henri-Louis Bergson 1859~1941年)
  27. シュヴァリエ『ベルクソンとの対話』、仲沢紀雄訳、みすず書房、1969年、p.330 
  28. 同前 p.329
  29. 『全集3』p.106
  30. 同前 p.109
  31. 同前 p.114
  32. 同前 pp.114-115
  33. 『全集2』p.253
  34. 同前 p.254
  35. 善導(613-681)法然、親鸞に影響を与えた中国の僧。引用文中で中井が「農民」と書いているのは、善導の実践者としての面を強調するためと考えられる。
  36. 『全集3』p.47
  37. 同前 pp.47-48
  38. 同前 pp.9-10
  39. 同前 p.10

「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
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