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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」
第22回「涙骨賞」受賞論文 奨励賞

黎明の京都学派

- その哲学的発足点の探究 -

浦井聡氏
(2) 価値論

次に田辺が取り組んだのは、西田の純粋経験論に基づく価値論の素描である。価値論とは、ヴィンデルバント(Wilhelm Windelband, 1848-1915)以降、新カント派の主題のひとつとなった分野である。ヴィンデルバントは『プレルーディエン』で哲学を「普遍妥当的な価値についての批判的学問」(Windelband 1907: 51-2)と位置づけることで新カントの批判哲学を価値論へと向け変え、新カント派の方向性を定めた。ここで価値というのは主に真・善・美の肯定的価値のことであり、その意味で価値論は認識論、倫理学、美学と結びついている。田辺は価値論に対しても純粋経験の自発自展を根底として補充することで説明を試みる。肯定的価値の獲得について、『最近の自然科学』(1915)の中で田辺は以下のように述べている。ここで田辺が「全体としての実在」や「大実在」と言うのが『善の研究』における神であることを念頭に置いて見ていきたい。

理想とは科学の実現する真のみならず、道徳の体現する善、芸術の体現する美、宗教の体現する円満(実在の一面でなく全体としての実在を体現して之と一になるという意味に於て)である。此等何れも実在発展の内に含まれる意味であって、人間は之を実現する理想的活動に自己を捧げるのが其本分である。実在を離れて個人の小なる我を終極の要素と考えることは出来ぬ。個人は大実在の一の現れである。小我を実在に侵入し、其真、善、美、円満の理想を実現することに貢献するのを人間の使命と感じなければならぬ。(T2:151)

ここで田辺が語っているのは、西田の純粋経験論に基づく肯定的価値の実現である。『善の研究』の神は「宇宙の真理に合したる宇宙の活動其者」(N1:95)や「宇宙を包括する純粋経験の統一者」(N1:186)として、その統一力を森羅万象に及ぼしている。すなわち、あらゆる実在の統一者であると共にそれ自身が実在(真実在)であるのが『善の研究』の神である。そして西田が「我々の意識は神の意識の一部」(N1:182)と言うように、神と個人は全体と部分の関係にある。このような西田の神の規定、特に〈宇宙の真理(﹅﹅﹅﹅﹅)に合する〉という規定を踏まえ、田辺は主客未分の純粋経験─宇宙の真理に合する神と自己が未分の状態─において個人と神が一つになることで、真・善・美、そして宗教の実現する円満の肯定的価値が実現すると捉える。そして我々が神と一つになることで我々の内に宿った神は、「有限相対なる我等を通じて自己の内面的発展を遂げる」(T1:139)、すなわち自発自展していくのである。そのために、田辺は「我々の価値実現というも絶対者を離れた我々の自力に依るものでなく絶対者そのものの力に依る」(T1:445)と言う。このように、純粋経験における神との合一を根拠として自己の肯定的価値を高めていくというのが、初期田辺の価値論である。西田の「各自の発展は即ち神の発展を完成する」(N1:193)という見解を、田辺は純粋経験の自発自展に基づく価値論として語ったと言える。

(3) 数理哲学

田辺は純粋経験の自発自展に基づく数理哲学の構築を1915-18年に『哲学雑誌』に6篇の論考として発表し、これが後に『数理哲学研究』(1925)にまとめられる。この一連の論考で田辺が試みたのは、数学の哲学的基礎づけである。具体的には、「数理哲学の業は先験的方法に従って数理の基礎概念の生成過程を明にし、之に由って公理の根拠を発見するに存する」(T2:392)と言うように、数学の公理を基礎づける基礎概念がいかに生成されるかに取り組む。ここで田辺が「先験的方法」と言うのは主にコーヘン、ナトルプ、リッケルトなどの論理主義に基づく新カント派の数理哲学を指しているため、田辺はこれらを先蹤として数理哲学研究に取り組んだと言える。そして、これらの哲学者との差異は、田辺が西田の純粋経験を手がかりに数理哲学に向かったことである。その意味で、本節(1)(2)で見た〈新カント派の根底に西田の純粋経験を補充する〉と同様の試みが数理哲学でも行われたのである。

〈数学の根拠づけに純粋経験を用いる〉と言うといかにも荒唐無稽に思えるが、実際にはそうではない。数学の中でもブラウワー(Luitzen Brouwer, 1881-1966)を筆頭として「直観主義」と呼ばれる、数学の根拠を直観に見出す立場がある。『数理哲学研究』の中で田辺はブラウワーに依拠してはいないが、代わりにクライン(Felix Klein, 1849-1925)の『高い立場からみた初等数学』(Elementarmathematik vom höheren Standpunkte, 1908)における「数学の確実性は諸定理に適合する直観的事物の存在に依存する」(クライン1959: 26)という立場を足場として西田の〈自発自展する純粋経験〉に基づく数理哲学の構築を試みる。

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長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
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